待ちに待った七月五日。大統領選挙の日。この日に向けて五人の候補者は、全国でキャンペーン合戦を繰り広げてきた。人気と組織でどう有権者を動かすかの戦いだ。ウィラントとメガワティは組織票に期待した。前者はゴルカル党、後者は闘争民主党という、この国伝統の二大集票マシーンが機能すると考えた。逆にユドヨノ陣営はマシーンを持たない。各種世論調査で常にトップを独占する彼の人気が頼りだ。アミン・ライスもそこそこ人気で、都市中間層の支持を強みとする。イスラム団体「ムハマディア」もバックにいる。最後のハムザは…オマケだ。
この五人(実質的には四人)の戦いは、開票結果を見る限り、ユドヨノに軍配が上がった。得票率ではユドヨノが三四%で一位、メガワティが二六%で二位、ウィラントが二二%で三位というレースだ。これはユドヨノのキャンペーンが、いかにイメージ戦略で成功したかを示す。反対にウィラントの伸び悩みは、陣営の組織動員が機能していないことを示している。
■メガ陣営の逆転戦略
次はいよいよ決選ラウンドだ。上位二者のユドヨノとメガワティが、九月二十日に再度勝負に挑む。初戦で勝てば決選でも勝てるか。そう単純なら面白くも何ともない。決選はもっと厄介だ。なぜならウィラントやアミンに流れた票を誰が獲得するかという政治ゲームが、新たなロジックとなるからだ。これをどう制するかで最後の勝利者が決まる。
メガワティ陣営は、ゴルカル党との連合で逆転勝利の絵を描いている。ゴルカル党首のアクバルも、ウィラントの初戦敗退を目前に、さっさと党内主導権を取り戻して、メガかユドヨノに恩を売って次期政権に食い込む狙いだ。
■キングメーカーを狙う
そもそもウィラントのために党のマシーンを動かすつもりは毛頭なかった。アクバルの側近などは、「ウィラントが当選したら国は崩壊だ」とまで言い切る。
西ジャワでも中部ジャワでも、党の州支部長は口をそろえて「外部者のウィラントでは党の末端組織は動かない」と一笑する。アクバルには、党の大統領候補の座をアクシデントでウィラントに譲ってしまったが、彼が負けてしまえば、決選ラウンドでは党首パワーを駆使して、ユドヨノかメガのサポートに回り、キングメーカーとして君臨する野心がある。
■大連合構想が再浮上
投票日の二日後にアクバルと面談した。その口からは「ユドヨノ人気はバブルでしかない。彼の周辺の人間とは馬が合わない。闘争民主党とは仲良くやれる。二大政党の連合は国の安定にベスト」という言葉が出てきた。彼に近いゴルカル党議員も、国家情報庁の「推薦」で両党間の連合話が進んでいると説明する。
確かに両党が共同戦線を組み、組織票が動員されるのならメガ再選の可能性もある。メガの地盤はジャワ島で、ゴルカルの地盤は外島だ。票取りは相互補完の関係にある。
■NU支援で勝利も
メガの副大統領候補のハシム・ムザディが率いるナフダトゥール・ウラマ(NU)も、ジャワを牙城とするインドネシア最大のイスラム団体だ。これが加われば大きい。そろばんではこれで勝利が見えてくる。
NUの大ボス、アブドゥルラフマン前大統領(通称グス・ドゥル)も、ユドヨノとメガを天秤にかけ、より条件の良い方に自らの熱狂的支持者の動員を指揮する姿勢だ。
決選ラウンドで、どちらかの候補者に恩を売り、次期政権でのグス・ドゥルのプレゼンスを確保すると同時に、自前の民族覚醒党にいくつか内閣ポストを配分させる思惑でいる。
売り込みやすいのは、人気のユドヨノではなく、喉から手が出るほど組織票が欲しいメガの方だ。メガが再選すれば自分に反抗的なハシムも副大統領になる。その暁にはハシムをNU議長のポストから蹴り出して、組織を再度グス・ドゥルの手中に収めるシナリオも可能だ。
■寝返り政治のプロ
彼の今日までのアンチ・メガワティの姿勢が、ある日、一八〇度転換して支持に回る動機は十分にある。グス・ドゥルはそういう寝返り政治のプロだ。
さらにメガワティ陣営は、現職の強みで政府機構の動員も強化する。例えば西ジャワ州では二十五県のうち十二県の県知事が、中部ジャワ州では三十五県中二十二県の県知事が、メガ票の動員を画策してきた。
バリでは九県のうち四県で、明らかなユドヨノ・キャンペーンの妨害や、地域住民への投票圧力がかかった。こういった動きが強まるだろう。
■陸海軍、警察はメガ応援
軍に対しても、その中立性を尊重するのは建前で、海軍にはメガワティ支持の指令が降りていると思われる節がある。警察もそうだ。陸軍参謀長もメガワティ陣営に近く、この政権が終われば自分のキャリアも終わりだと認識している。
現役の軍人や警察官に投票権はないが、彼らの家族は投票する。陣営はその票を極力獲得したいと考える。特に警察には「元軍人のユドヨノが大統領になったら、軍はまた威張りだして警察は冷や飯を食うことになるぞ」などと吹き込み、「文民メガ」の再選メリットを説く。
このようにメガワティ陣営は、なり振り構わず組織動員の戦略で決選ラウンドに挑む構えだ。この古臭い政治手法が、直接選挙でどこまで有効なのかは疑問だが、やり方によってはユドヨノの脅威になりかねない。
「人気はバブル」であるなら、それが弾けるネタも用意されるだろう。九月までゆっくり時間をかけて、ネタの仕込みが行われるはずだ。
■行け行け中央突破
対するユドヨノ陣営はどうか。イケイケドンドンの中央突破で決選も行けると見ている様子だ。昔ながらの連立工作は直接選挙では無用、と強気を堅持する。
ちなみにユドヨノ選対本部の裏参謀は相当のやり手で、両者の会話だけ聞くとどっちがボスだか分からない。その彼はユドヨノに「政党連合をやってしまったらアクバルやグス・ドゥルが送り込んでくる大臣候補にノーと言えなくなる。そうなったら内閣はこれまでと同じだ。すぐに機能不全に陥るぞ」とアドバイスする。陣営は今回の選挙にマシーンは要らないと考える。必要なのは候補者の人気と、それを各地で村のレベルまで伝達してくれる地方名望家たちのネットワーク化だそうだ。
■退役軍人が票固め
実際、ユドヨノ選対の地方支部を見てると、西ジャワでも中部ジャワでも、退役中将で元州知事という重鎮級の地元有力者が、それぞれ票固めのキーパーソンとして動いている。
バリでも元副州知事で退役准将が、地元でのユドヨノ運動をリードする。そもそも副大統領候補のユスフカラは、南スラウェシきっての有力者だ。こういった「拠点」の強化とネットワークの浸透で、決選ラウンドに臨むらしい。
■政党連合は諸刃の剣
果たして本当にそれで十分なのか。だとしたら、この国の政党政治に新たな風が吹き込まれる。だが選挙戦第二幕は始まったばかりだ。各勢力の路線修正は当然あり得る。
ただメガとユドヨノにとって、政党連合は「諸刃の剣」だ。勝利に近づく一方、自由が制限される。誘惑とリスクの狭間でどう決断するか。その判断は政治ゲームとして面白いだけでなく、次期政権の性質を見る上でも大事になってくる。