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2004年3月2日 じゃかるた新聞掲載

鳴動インドネシア−総選挙・大統領選の行方(4)
本名純 (立命館大学助教授)
票田争いで流血の恐れ 「自由な選挙」の裏側
 チンピラが投票を脅迫
 次期選挙において、現政権与党の闘争民主党の相対的な支持率低下と、それに伴う政党間の競争の活発化が、末端レベルで物理的な衝突につながる可能性を指摘した所までが、前回の話だった。今回はこの点をもう少し具体的に見て「自由な選挙」の地方での実態を一緒に考えてみたい。政党間の支持動員合戦がエキサイトし、頭に血が上った党親衛隊・自警団が他党の事務所を破壊したり、街頭で対抗陣営と衝突する潜在的可能性は、いくつかの地域で日々高まっている。
「衝突」というと、つい流行で「文明」という言葉が出がちではある。確かに「イスラムVS非イスラム」の構図は、この国に存在する。
 しかし現実に懸念されている衝突の可能性はそんなものではない。闘争民主党と旧体制与党のゴルカル党との間で起きそうなクラッシュであり、平たく言えば世俗主義勢力同士のいざこざである。

■組織と資金力で対決

 なぜそうなるのか。この国で中央から末端まで広がる巨大な集票マシーンを持つのは、この両党だけだからだ。他党の組織ネットワークは、これらにまったく及ばない。二大集票マシーンが、各地で選挙地盤の拡張を目指して、支持者の確保・動員・組織化に励んでおり、そこに莫大な金が投入される。
 そんな金を持っているのも現与党と旧与党の両党だけだ。組織力と資金力−この二つが両党の集票マシーンを支え、他党の比でない政治動員を可能にする。
 この両者の支持者分捕り合戦が、末端でコントロールを失い、衝突にエスカレートし、一時的に社会不安が高まる危険性が、現実にいくつかの地域で懸念されている。

■自党に公金を流用

 中部ジャワに注目しよう。前回述べたように、ここは闘争民主党の地盤だ。州内三十五県のうち、二十四の県知事が同党の勢力下で、そのうち二人以外はすべて県知事が同党県支部長を務める。
 それらの県では、知事が県政府予算から党の選挙資金をガッポリ流用できる体制にある。なぜなら県議会も同党が多数を占めており、当然見て見ぬふりで議会のチェックが働かないからだ。
 地元の闘争民主党の心配はゴルカルの追い上げだ。その防止のために選挙法を完全に無視した選挙キャンペーンを堂々と行っている。選挙監視委員会の中部ジャワ州支部長は、彼らの違法行為の数々を警告している。
 だが反対に、膨大な数の脅迫電話と嫌がらせを受ける始末だ。「中でもひどいところは十一県あり、そこでは警察も見て見ぬふりだ」と彼は嘆く。

■チンピラが投票を強制

 確かに県政のトップがメガワティの党に牛耳られていれば、地元警察幹部も色々動きにくい。「警察の中立はまだ難しい。軍と違って政治に振り回されることに慣れておらず、うまく立ち回れないでいる」と、軍のある現職中将は指摘する。
 警察が手を入れにくいことを知ってか、闘争民主党は中部ジャワの数カ所で、最終手段として「脅迫による村民動員」までやる勢いだ。州知事の側近の話では、自警団が戸別訪問で村民を「説得」し、投票日には村にトラックを乗りつける準備が進んでいるらしい。
 こういうことをする輩は、元々町のチンピラだ。近年自警団にリクルートされた者が多く、ゴルカルの選挙活動を妨害したり、同党の事務所を焼き討ちしたりする行為を何とも思わない連中だ。

■衝突防止に紳士協定

 前回選挙ではソロや他の数地区で暴れた。今回はゴルカルと接戦になる選挙区も増えることから、暴れる可能性がある地区も増えている。暴れる人材を確保する資金も前回より豊富だ。
 このような水面下の状況に、何とか歯止めをかけようと、先月、州内全政党のトップが集まり、選挙を平和裡に進めようという「紳士協定」が結ばれた。
 協定の証人として、州知事、州軍管区司令官、州警察本部長、イスラム団体「ナフダトゥール・ウラマ」(NU)の中央執行部議長、そして筆者(なぜか?)が立ち会ったが、その席で州知事は「末端衝突を未然に防げるとしたら、全党に影響力があるNUだけかもしれない」と耳打ちした。
 衝突が起きたら県警察も動くが、事前の動員戦での違反行為の検挙は政治的に難しい先の実態を見据えての言及だ。

■住民紛争になる懸念も

 中部ジャワに限らず、闘争民主党とゴルカルの接戦が予想される他の地域でも、似たようなロジックが存在し、末端でのクラッシュが懸念されている。
 例えばランプン州や西ヌサ・トゥンガラ州ロンボクの西岸部、中部スラウェシ州のポソやモロワリといった所だ。
 これらの中には、両党間の競争の中に、宗教・民族の要素が加わり、選挙動員合戦が住民紛争に発展しかねない潜在的な危険もある。
 日本も同じだが、地方に行けば行くほど権力は露骨だ。選挙というイベントは、地方での政治経済利益の所有変動に直結するため、関係者は死に物狂いになる。

■分権で地方利権拡大

 結果次第でその後の生活設計が百八十度変わる。「何が何でも勝つ、負けたらイチャモン付けてでもゴネる」という政治動機は、地方分権で県の利権が巨大になり、民主化で異議申し立てが自由になったこの国で着実に芽生えている。
 都市部の中産階級にはあまり縁のない話かもしれないが、こういった「自由な選挙」の一面が、この国の人口の約半数が住む村々にとって唯一のリアリティーだったりもする。

つづく


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