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2004年9月6日 じゃかるた新聞掲載

激動インドネシア−総選挙・大統領選の行方(10)
本名純 (立命館大学助教授)
メガ派が自信回復 旧体制連合で包囲網
 ユドヨノ撃沈狙う 最終章の政治劇
 大統領選の決戦ラウンドを九月二十日に控え、メガワティ陣営は一つの勝負に出た。ユドヨノ包囲網の形成だ。使えるものを総動員してユドヨノの撃沈を目論む。人気で勝るユドヨノに対して、勝機を見い出せずにいたメガワティ陣営も、ここに来て自信を持ち始めている。その自信の根拠は何か。それを解剖してみよう。

■旧体制の文化は健在

 いまや「ユドヨノ現象」と呼ばれるほど、彼の人気は高い。それはメガワティの再選にとって脅威なだけでなく、これまでスハルト体制下で甘い汁を吸ってきた政党エリートにとっても脅威である。
 党の違いはあるにせよ、多数の政治家は旧体制下で長い間、仲良く利権を分配し合って生きてきた。スハルトは退陣したが、スハルト時代の政治文化は健在だ。その心地良さにドップリ浸かった多くの政治家にとって、ユドヨノは「古き良き談合政治文化」を破壊しかねない脅威に映る。

■談合文化の継続

 先日「国民連合」なるものが発足した。メガワティ率いる闘争民主党、ゴルカル党、そして開発統一党といったスハルト時代の三党が連合を組んでメガワティ再選を支援するという話だ。
 いささか選挙民をバカにした話だが、彼らにとっては切実だ。これまでの談合政治の文化を存続させることが大事であり、よく分からん弱小新党から擁立され、国民人気に支えられたユドヨノは宇宙人でしかない。
 こんなやつに政権を取られた日には、国民を向いて政治をやられてしまう。政党の談合論理で築いてきたこれまでの政治が壊れしまう。それはまずい、皆で食い止めよう。こういう動機が国民連合を支える。

■得票率55%の皮算用

 この旧勢力の利益結託が、メガワティに勝利の自信「その一」を与える。前回七月の投票では二六%しか取れなかった。ゴルカル党の集票マシーンがメガワティのために動けば、勝利に一歩近づく。開発統一党は、票取りにはさほど貢献しそうもないが、与党連合に入れておけば、次期政権での議会運営の助けにはなる。こういう読みだ。
 メガワティ選対は、これで全国で最低五五%の得票率は確保できると考える。全三十二州のうち、アチェ、西スマトラ、ジャンビ、ジャカルタ、西ヌサトゥンガラ、東カリマンタン、南カリマンタン、南スラウェシ、中部スラウェシ、東南スラウェシ、パプアといった十一州では負けを予測しているが、残りの二十一州ではユドヨノ票を上回る皮算用だ。特にジャワ島での勝利がカギになると見ている。

■カギにぎるジャワ票

 実際、ジャワ島の有権者だけで全票の過半数を占める。中部ジャワに地盤を持つ闘争民主党と、西ジャワに強いゴルカル党、そして東ジャワを支配するイスラム組織ナフダトゥール・ウラマ(NU)が協力すれば、ジャカルタ以外では勝てると読む。
 NU議長のハシム・ムザディはメガワティの副大統領候補だ。三役者がそろった。あとは一カ月かけて、じっくり選挙民の洗脳だ。
 それには末端まで届く両党のマシーンと、NUのネットワークをフル稼働して、日々「メガワティ・国民連合」の利とユドヨノの悪評を宣伝すればよい。「これで八割方勝負は決まる」と選挙参謀は自信満々だ。

■政府機関を総動員

 残りの二割は「党外部隊」に助けてもらえばよい。党外部隊とは政府機関である。これが勝利の自信「その二」だ。使える組織は五つ。国営企業、村まで伸びる内務省機構、警察、軍そして国家情報庁だ。ラクサマナ国営企業担当相を頂点に、全土に広がる国営企業にはメガワティ支持の指令を出す。末端で言うことを聞かないやつは会社をクビだ。
 ハリ・サバルノ内相も忠実だ。全国の圧倒的多数の県知事・州知事は、闘争民主党かゴルカルの支持で当選している。先の国民連合のラインで決戦ラウンドに備えるよう、内相は地方首長に耳打ちする。全国四百四十県のうち、二百七十の県知事はゴルカル出身で、百三十程度が闘争民主党系だ。
 彼らが地方政府のさまざまな施設をメガワティ再選に向けて利用するよう、上からインストラクションが降りる。その指令は村長レベルまで伝達される。ここで住民に対する投票圧力がかかる。

■警察も加担

 警察もメガワティ陣営が利用する。現役警察官は投票できないが、彼らの家族は投票する。その票は逃さないというのが第一だ。第二にメガワティ陣営の選挙違反を大目にみる。第三にユドヨノの末端をつぶす。
 例えば前回の投票では、各地の違法ギャンブル場が、特定政治勢力の依頼で投票賭博を組織し、それが一定の票動員に貢献した。その中でユドヨノ陣営が絡むものに対しては、今度は徹底的につぶす構えだ。
 いま連日バンドンやスマラン、スラバヤなどで、賭博所の一斉摘発が行われているが、それは九月二十日と無関係ではない。

■情報機関は神経戦で暗躍

 国軍の支持もメガワティ陣営は大事だと考える。陸軍参謀長などは、次期国軍司令官ポストというニンジンをぶら下げられ、しまいには各地の軍管区司令官に電話でメガワティ支持を依頼する始末だ。
 「大佐以上の昇進は政治次第だ。誰も面と向かってイヤとは言えないだろう」とユドヨノの裏参謀はため息を吐く。国家情報庁も末端での神経戦で暗躍する。学生運動や「市民団体」の集会などをけしかけ、親メガワティや反ユドヨノのデモをやらせる。

■現実からかい離した夢

 このように、メガワティ陣営は、旧体制の政党連合と国家装置の動員という二つの武器でユドヨノ包囲網を作ろうとしている。スハルト時代の政治的発想が脳内を支配している。そこまでして勝ちたいか、などと思う私はアマちゃんか。権力は麻薬なのだろう。
 だが国民連合にせよ国家装置の動員にせよ、根本的に古い時代のイマジネーションだ。昔は確かに談合と抑圧が支配する時代だった。今は違う。直接選挙で昔のロジックは通用しない。彼らの自信は、現実からかい離したドリーミングでしかない。

■「メガワティはイヤ」

 第一に、党の指令でどれだけ追加票が期待できるのか。前回ゴルカル党が擁立したウィラントと、開発統一党から出馬したハムザ・ハズの票が、党中央執行部の指令で次は全部メガワティに流れると仮定しても、彼女の得票率は五一%にしかならない。
 当然このなかには現状不満で「メガワティだけはイヤだ」という票も少なくない。あと数週間そう思い続ける人が、ほんの数パーセントいるだけで、彼女の勝利は夢となる。党員に対しては党決定で動員が期待できるが、多くの有権者は浮動票であり、党の命令もヘチマもない。

■圧力での票獲得は困難

 第二に、軍や警察を動員したところで何になるのか。昔は軍管区が選挙前に市民を集めて、銃を片手に投票の「レクチャー」をした。いまはそんなことは無理だ。軍人・警察の家族票をあてにするといっても、全国でたかだか百万から百五十万票程度だ。有権者は一億五千万人いる。
 第三に、地方政府の肩入れや村長さんの投票圧力は、一定レベル有効ではあるが、あまり無茶はできないのが現状だ。
 脅迫や圧力が効くのは、その地区が特定の政治状況にある場合に限られ、それはすでに第一ラウンドでフル稼働している。追加分の票を圧力で取るのは不可能ではないが、それほど大きな動員になりようがない。

■ユドヨノ沈没作戦は幻想

 そう考えると、メガワティ陣営が夢見る国民連合と国家装置によるユドヨノ撃沈作戦は、きわめて旧体制的発想に基づく幻想であることが分かる。
 確かに談合政治の結託は、中央と地方における議会内多数派工作には有効だ。利害を持つ議員同士が利権を仲良くシェアするのに、これほど好都合なものはない。だが大統領直接選挙というイベントは、エリート談合に利を持たない浮遊層の有権者たちが主役である。
 党の指令や地方政府の圧力で投票が左右される人々ではない。その現実と向き合わないメガワティ陣営の必勝作戦は、あまり功を奏さないと思う。

■有権者主役の政治

 もちろんユドヨノが勝つなどと主張する気は毛頭ない。ユドヨノはユドヨノで、陣営の問題点も多い。チーム内はバラバラで、うさん臭い退役軍人も幅を利かす。詳しく書けないが、インドネシア最強のマフィアに資金調達と末端ネットワーク形成を助けてもらっていたりもする。
 これはこれで危険だ。だがメガワティ陣営の主戦術が、指令と圧力なのに対して、ユドヨノ陣営のそれは人気アップと投票誘導であり、少なくとも直接投票の力学を理解し、有権者主役の政治を意識している。その意味で時代に合っている。
 これから投票日まで、どのような展開があるか予測は困難だ。ユドヨノにスキャンダルが出て、メガワティ支持が増えるという状況が生まれるかもしれない。そのまま彼女が選挙で勝つ可能性もゼロではない。ただ、エリート談合主義に頼ることを決めた大統領に、今後あまり多くは期待できそうにない。

(この連載コラムは本紙および会員ページで随時掲載しています)


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