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2004年5月10日 じゃかるた新聞掲載

鳴動インドネシア−総選挙・大統領選の行方(7)
本名純 (立命館大学助教授)
初の直接投票の勝者は 大統領選まで2カ月
 3候補がドラマの主役 第1党のウィラント
 伝統地盤に強いメガ ユドヨノ旋風いつまで
 総選挙の結果、ゴルカル党の第一党への返り咲きが決まり、政治はいよいよ七月五日の大統領選に向けてフル回転し始めた。一億四千万の有権者が直接大統領を選ぶという大掛かりな選挙は、この国をインド、米国に次ぐ世界第三の「民主主義大国」と呼ぶ根拠にもなっている。今後、どういった展開で大統領選が争われるのか。手始めに候補者を考えてみよう。
 有力候補は三人。メガワティ現大統領、スシロ・バンバン・ユドヨノ、そしてウィラントだ。
 メガワティは、現政権のパフォーマンスの悪さから、人気の低下はあるものの、依然としてジャワ島での伝統的地盤は他候補より強い。

■メガに対抗する2軍人

 一方、ユドヨノは人気急増中の退役軍人。今回の選挙の目玉だ。最近までメガワティ政権で政治・治安担当調整相だった。彼を擁立する民主党は、新党で未知数であるにも関わらず、「ユドヨノ旋風」に乗って総選挙では大躍進。いきなり国会第四党の座を手に入れた。各種世論調査でも彼はダントツの人気を誇る。
 最後はウィラント元国軍司令官。先月行われたゴルカル党内選挙で、党首のアクバルを破って選出された党の正式な大統領候補だ。ゴルカルの大統領候補ということで、党が持つ巨大な集票マシーンが機能すれば、ウィラントが大統領になる可能性は十分ある。
 現職のメガワティ、人気のユドヨノ、国会第一党をバックに持つウィラント。この三者の戦いがドラマのメインストーリーだ。

■「軍人は危険」と煽りたい

 メガワティ陣営としては、七月までの短期間になんとか彼女のイメージアップを図りたい。ユドヨノやウィラントが国軍出身だという点を取り上げ、「軍人は危険だ」のようなキャンペーンを煽りたくもなるだろう。同時に、今まで軽視してきた国民とのコミュニケーションを進めないと駄目だ。彼女が率先して村に入って田植えをしたり、市民と歌を歌ったりというパフォーマンスがないと、イメージアップは図れない。あまり期待できないか…。

■男前で人気のユドヨノ

 ユドヨノ陣営は浮動票の確保には自信を持っている。総選挙でも明らかだったように、都市での人気は抜群だ。「男前でカッコいい」という主婦もいれば、「まじめで規律がある」という評価や、「メガワティにイジメられて可哀想」という同情の声を独占している。メディア効果がユドヨノを支えている。
 加えてユドヨノ陣営は、田舎での軍ネットワークの動員にも励んでいる。これには退役将校の胡散(うさん)臭い連中が大いなる役目を果たしている。例えば民主党の東ジャワ州支部長は退役中佐で、彼は州内の村レベルに張り巡らされている軍管区の末端ユニットの責任者(バビンサと呼ばれる)にアプローチし、各地の村民票の動員を工作する。

■退役軍人が参謀役

 バビンサは退役軍人だ。村長さんに「ユドヨノの時代」の意義を唱え、村民の「教育」を頼む。村には警察もいない。バビンサは自由に退役ネットワークの依頼で政治活動をする。「軍管区の上層部に文句を言ったが、どうにもならなかった」と同州ボジョネゴロ県の闘争民主党幹部は怒りを示す。
 西ジャワでも退役軍人が活躍する。バンドンに住むあるおじいちゃんは、この州の元軍管区司令官で地元名士だ。彼の家には定期的に州知事や現役の軍管区司令官が集まる。先の州知事選でも彼の意向が大きく影響した。
 その彼はユドヨノの義父(退役中将)の旧友だ。「総選挙はどうするの」と聞いたところ、当然、民主党支持との答えが返ってきた。「もちろん軍管区司令官にも話したよ」とニコニコ顔だった。

■元情報局参謀長も暗躍

 翌日バンドンでの民主党のパレードでは、多くの若者が一生懸命ビラをまいていたが、そのなかには迷彩ズボンをはいたままの姿勢の良いお兄ちゃんたちも少なくなかった。ちゃんと着替える暇ぐらい与えてやるべきだ。
 ユドヨノの選対チームには元国軍情報局参謀長もいる。彼の役割も大きい。東ジャワ州マラン県のあるたばこ工場では、総選挙の際、従業員全員に民主党支持の指令が出た。国軍情報局というのは昔から「スト破り」工作の協力で、全国各地の地元企業経営者と密接な関係を持ってきた。
 この特殊なコネを持つ元参謀長は、いまユドヨノ支持のキャンペーンで全国を回っている。こんな具合に、ユドヨノはメディアを通じての都市部での人気向上と、田舎での退役軍人の活躍という両刀で選挙に臨む。

■プロ集団ウィラント

 ウィラントも当然退役軍人のネットワークを財産としている。彼の陣営は二十四時間体制で各地の情勢を分析している。数年前から着々と準備してきた彼らは、一夜漬けのユドヨノ陣営とは違うプロ集団の匂いがする。
 総選挙の少し前に彼に勝算を尋ねたところ、「ゴルカルの組織票と自分のイスラム票動員が一緒になれば大統領選では負けない」と自信を示した。確かにイスラム勢力、特にラディカル勢力の取り込みをかなり進めている。
 そのまとめ役は、昔の部下で国軍副司令官を務めた退役中将だ。元国軍情報局副参謀長も陣営にいて、企業へのウィラント宣伝や「将来投資」の誘いを得意とする。

■強力な指導者を宣伝

 ちなみにウィラントは陸士六八年卒だが、この同期会が運営する財団には、ウィラントと同期で退役後にビジネスマンに転進した軍人から多大な献金が集まる。
 彼らはビジネス界とウィラントとの橋渡し役になっている。それと比べると、ユドヨノの七三年卒同期会には、まだ退役ホヤホヤが多く、その集金能力は六八年会の足元にも及ばない。
 このようにウィラントの強みはイスラムと金、それと元国軍司令官としての強いリーダーのイメージだ。このイメージは意外に農村では広く伝わっている。

■カギ握るゴルカル

 さて、こういった三者がどう戦うのか。ロジカルに考えると、鍵はゴルカルが握っている。何といっても第一党である。そして、もっとも大事なのはウィラントとゴルカルは一体ではないという事実だ。
 党首のアクバルは、不覚にもウィラントに党の大統領候補の座を譲ったものの、党や党首のポストまで乗っ取られるつもりはない。もしウィラントが本当に大統領になってしまったら、彼は党の実権を掌握しようと、十月の党大会でアクバルの党首解任を迫るだろう。それはアクバルの政治生命の終わりを意味する。

■政治は水物

 私がアクバルだったら、ウィラントには面従腹背だ。選挙協力を約束しつつも本気では動かない。むしろ第一回目投票で負けてもらいたい。「よく頑張りました、でも負けちゃいましたね、さようなら」、とウィラントにご退場願って、後のことは党が独自に決める。
 おそらくメガワティもユドヨノ陣営も決選投票になればゴルカル票の動員を期待し、アクバルとの交渉を求めてくる。国会第一党のゴルカルを与党連合に取り込まない限り、次期政権の運営も厳しい。党首アクバルがどう立ち回り、最後にどこと手を組むか? キングメーカーの腕の見せ所だ。
 とはいうものの、政治は水物だ。ロジカルでないことも多い。よってウィラントブームが起きないとも限らない。むしろ、これから二カ月の間、何があっても不思議ではない気がする。

つづく


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