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2004年1月29日 じゃかるた新聞掲載

鳴動インドネシア−総選挙・大統領選の行方(2)
本名純 (立命館大学助教授)
揺れる国民感情 大衆を裏切った政治
 悪評高い闘争民主党
 前回は、今年の選挙を見る前提として、歴史的な意義について考えてみた。今回は、もう一つの前提として選挙を控えた今の国民ムードについて、少し考えてみたい。

■SARS症候群

 もしインドネシアに流行語大賞があるとするなら、今年の政治部門の大賞は何だろう。有力候補のひとつは、最近メディアでよく聞くSARSだ。といっても政治家が一斉に病原菌にやられて寝込んでいるのではない。SARSとは「スハルト時代郷愁症候群」というインドネシア語の頭文字を取ったもので、この略語が巷(ちまた)で流行している。
 昔は良かった。治安は今ほど悪くなかった。経済も順調だし仕事もあった。汚職も今ほどひどくなかった。すべて「スハルト後」のアホな政治家どもが悪い…。町でも村でも、「今の政治はどうよ?」とあいさつがてらに普通の市民に聞くと、まずこういう答えが返ってくる。

■スハルトが良かった60%

 筆者も運営に関与している全国政治世論調査(JICA支援で実施)の昨年十一月の調査結果では、なんと六割以上の回答者が「スハルト時代の方が今より良かった」と答えた。八月の調査結果より「SARS患者」は増えており、今後もその傾向は続くと思われる。
 だとすると、SARSの流行は今年の選挙にどういう作用をもたらすのだろうか。
 言うまでもなく、患者は今の政権に多くの不満を持っている。今の政権というのは、メガワティ大統領率いる闘争民主党が中心の政権である。元凶のすべてを同党と現政権に求めるのは誤りで酷な話ではあるが、国民の目にそう映るのは、ある意味で仕方ないことだ。

■メガに裏切られた思い

 なにしろ、初めの期待が大きかった。前回九九年選挙で、国民は闘争民主党に第一党の地位を与えたが、この五年で、その期待の多くは裏切られたと感じる国民は多い。公共料金の値上げは、「大衆の味方」という同党と現政権のイメージを崩すのに素晴らしく貢献した。
 二〇〇二年のジャカルタ特別州知事選挙で、メガワティと党幹部はスティヨソの再選を支持した。これも失望を加速させた。軍人時代のスティヨソの部隊が、党を弾圧し、多くの党支持者に暴力を加えた九六年七月の事件を記憶する彼らは、メガワティに裏切られた思いでいる。

■我が物顔のゴロツキ集団

 ジャカルタに限らず党の評判は全国的に悪い。地方各地にある党の詰め所は、ゴロツキの溜まり場だ。特にバリや中部ジャワ、さらに北スマトラといった州では、党の地盤が強いということもあって、党員や党の自警団は、我が者顔で好き放題やっている。
 バリやスマランでは、夜になると詰め所はギャンブル場と化し、党員が酒を喰らって頻繁に騒ぎを起こす。自警団のマッチョ兄チャンたちは、コールガールを組織化してボディーガードやエスコート・ビジネスでウハウハだったり、違法薬物の元締めまでやったりする。
 メダンなどでは、党の自警団が企業のスト破りを請け負ったり、アチェからの密輸品をさばいたりもする。
 市民は怖くて口には出さないが、闘争民主党の旗の下に、ゴロツキが肩で風を切って町を徘徊(はいかい)する様子に、治安と社会秩序の低下を強く感じている。
 「以前は軍、今は闘争民主党の自警団」と、アングラ社会の支配者について、東ジャワの警察関係者もバリの地方役人も口を揃えて語る。泣く子もだまる闘争民主党だ。

■能天気の政治家たち

 政治家の実態も怪しい。前回の九九年選挙で、大躍進しそうだということで、闘争民主党が慌てて大量にリクルートした議員の大多数は政治の初心者だ。農民だったり、ベチャ引きのおっちゃんだったり、地方企業の社長さんだったりで、政策形成にはチンプンカンプンな議員が地方議会に数多く存在する。頭の中は利権獲得でいっぱいだ。
 政権担当の歴史が長いゆえに、プロの政治家をそれなりに抱えるゴルカル党とは対照的に、闘争民主党の地方議員は、話をしていても心配になるほど単純・能天気だ。

■利権の泥仕合に明け暮れる

 党内対立も各地で顕著で、身内で利権の泥仕合に明け暮れている。人の国をうんぬん言えたものではないが、手に入れた力と金をどう維持・増加するかには真剣だが、地元市民のために精を出す地方政治家は皆無に近いという印象を各地で受ける。
 九九年選挙で期待したものが大きい分、これらの闘争民主党の実態は、国民の目にはより大きな失望として映る。その失望は、政権担当者と党に向けられると同時に今の時代そのものへの疑問となって世論に反映される。
 SARS患者の少なくない数が、今年の選挙で闘争民主党への反対票を投じるであろう。確実に同党の得票率は低下する。その分他党が伸びる。地方差はあるが、全体的にゴルカル票が伸びる。

■当てにならぬ評論家

 ゴルカルは患者のツボを得た巧みな政治宣伝を行っている。政治工作資金も豊富だ。果たしてゴルカルは第一党に返り咲くのか。それとも闘争民主党が踏ん張るのか。
 総選挙での両党の得票率次第で、大統領選の見通しはガラっと変わってくる。「メガワティはカリスマだから最後は勝つ」などと言う評論家が時々いるが、あまり当てにしない方が良い。ジャカルタの政治ゲームと地方政治の双方の実態と関連をちゃんと見ていたら、口が裂けても出てこない発言である。
 彼女が再選しない可能性は十分にある。それはどういう展開か、ということも含めて、次回からはいくつかの可能性を探っていきたい。

つづく


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