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2004年6月9日 じゃかるた新聞掲載

激動インドネシア−総選挙・大統領選の行方(8)
本名純 (立命館大学助教授)
いよいよ戦闘モード 大統領選挙戦始まる
 イメージと動員の政治 決戦投票で流血沙汰も
 大統領選挙のキャンペーンが始まり、各候補者陣営の全国での票固め合戦もフル回転の様子だ。何といっても初めての直接大統領選。投票行動の予測は難しい。有権者は何に基づいて投票するのだろう。おそらく二つある。ひとつはメディアで得た情報から、個々人が「こいつがベスト」と判断して投票するパターン。もう一つは、周辺から「こいつがベスト」と言われ、それに乗って投票するパターン。前者は「メディアの政治」、後者は「動員の政治」を代表する。この二つの力学が今回の選挙でせめぎ合っている。
 何と言ってもメディアの役割が大きい。今回は一九九九年選挙に次ぐ二回目の自由な選挙だ。それ以前はスハルト長期政権下で、民主主義は制限されていた。マスメディアの活動が全面開放されたのが九八年。それから数えると過去六年でメディアは急成長した。

■テレビ制すれば選挙制す

 今やテレビの影響力は絶大だ。ニュースやトーク番組などの政治ネタが、日々お茶の間に流れ、それを見て政治について自由に語る時代になった。多くの市民はテレビを通じて政府の政策や政治家のキャラクターなどを知る。テレビは新聞などの他のメディアに比べ、はるかに全国の農村に浸透している。「テレビを制すものが選挙を制す」のかもしれない。
 事実、先の総選挙でメガワティ大統領率いる闘争民主党は敗北を期し、国会第一党の座を失うことになった。市民が自らの目と耳で政治を評価する傾向が強まったことの反映だ。メディアを通じ、人々は、現政権が政治経済改革の推進を怠けて汚職に明け暮れてきたことや、社会的弱者にムチを打つような政策を取ってきたことを知り、その現状にノーの審判を下した。
 第一党に返り咲いたゴルカル党にしても、前回選挙より得票率を落としている。他の主要政党も同じだ。それは何を意味しているのか。おそらく大政党による「伝統的動員政治」が、メディアの影響によって徐々に侵食され、「イメージ政治」が市民の政治選択に決定力を持つようになってきたことの表れだろう。この静かな政治変動が、今回選挙というイベントを通じて浮き彫りになった。

■動員政治で利権が増える

 では「動員政治」がまるっきりダメかといえばそうではない。確かにイデオロギーや宗教といった「伝統的」な大衆動員は、メディアの社会浸透で崩れかかっている。
 しかし他方で、全国の地方現象としては、利権獲得の動員政治が非常に顕著になっている。これは何かというと、スハルト後の地方分権化の流れのなかで、県レベルに多大な利権と金が集まるようになり、そのうま味に食いつくロビー活動の武器として、各地で政治家や役人が地元の動員ブローカーたちと手を組んで、大衆動員を日常的に組織化する動きだ。

■ブローカー産業盛ん

 この発展には目を見張るものがある。動員ブローカーは、今や一つの産業と呼べるほど全土に浸透している。
 例えばメダンやジャカルタやスラバヤなどで、土地開発プロジェクトの際、住民の立ち退きをやる。そのプロジェクトの利権に食いつくために、地方議員も役人も、競って「立ち退き強制部隊」をリクルートする。動員ブローカーは「市民団体」の名でさまざまな組織を作って、地方エリートのそういった「ニーズ」に答える。
 土地開発に限らず、農業振興やかんがい開発など、あらゆる地方政府のプロジェクトで似たような政治が繰り広げられる。まず地方議員が、議会で特別委員会を設置して政府プロジェクトに批判的な態度を取る。
 その際、演出として「市民団体」の反対デモがブローカーによって動員される。結局、話を丸く収めるために、特定政治家の息のかかった業者などにプロジェクトが任され、政治家にキックバックが渡り、彼が「市民団体」を「説得」し、皆がハッピーエンド。こういった具合だ。

■地方分権で利権が拡大

 利権獲得の政治は、地方分権後に加速度的に全土で広がっている。中には動員ブローカーと政治家の力関係が逆転して、どっちが親分なのか分からないこともある。
 ブローカーは、よく「市民フォーラム」とか「住民団体」と言った集団を作る。さらには非政府組織(NGO)の名で、環境や土地、労働問題、そして政府汚職の撲滅といった大義名分を立て、大衆を組織化して、政治家の利権獲得ロビーの後方支援を行う。
 こういった現象が各地で一般的に見られる。それは伝統的なイデオロギーとか宗教とかを基盤にした政治動員ではなく、言うならば、地方分権時代のニュータイプの動員政治だ。キーワードは利権と金だろう。

■票動員を売り物に

 このように、今の政治は一方で「メディア=イメージ政治」の効力が強まる他方、「動員政治」もニュータイプのおかげで強化されつつある。
 この二つのメカニズムのせめぎ合いが、間違いなく大統領選挙にも反映されよう。地方有力者の周りにはブローカーたちがウヨウヨいる。彼らは票動員を売り物に、手ぐすねを引いて地方有力者に自らの効用をアピールしている。
 こういった視点から大統領選挙を見てみるとどうだろう。最有力候補者は三人。ウィラント、メガワティ、ユドヨノだ。それぞれの陣営の優劣を○×△式で評価してみよう。

■ユドヨノ氏が先頭馬

 ウィラントはイメージ政治的にはまったく×。動員政治的にはゴルカルが頼れるものと想定すれば○。
 メガはイメージでは×に近い△。動員政治的にはジャワ島では一番だが外島ではスカ。よって△。
 ユドヨノはイメージで圧倒的に○。動員面では、支持政党が新党ということもあって組織力に欠ける。しかし、地域間の格差なく、全土で平均的な動員力を示している。よって△。
 こうみると、ドングリの背比べという気もするが、順位付けをすれば○と△のユドヨノが先頭馬。それに△△のメガが続き、バツイチのウィラントがドンケツ馬というのが今のレース実況だろう。ただこれだけでは決まらない。

■複雑なレース展開

 上位二名で争う九月の決戦ラウンドが曲者だ。もしウィラントが戦線離脱したら、ゴルカル票はどこに行くのか。これはレースを大きく変える。
 メガが第一回で負けても同じだ。メガ票の行方が決戦で勝敗を左右する。この局面では、政権連合をにらんでさまざまな駆け引きが政党リーダーたちの間で繰り広げられるだろう。レースも複雑になる。
 個人的に一番見たくないシナリオは、決戦でのメガとウィラントの一騎打ちだ。各陣営とも、カッとなって暴れるタイプのサポーターを多く抱えている。

■負けると面目つぶれ

 これから四カ月、彼らは戦闘モードに入る。特に決戦はガチンコ勝負。負ければ面目丸つぶれだ。「負けちゃいました。いやー残念」ではすまない輩が、両陣営のサポーターに集中している。
 まず「インチキだ」とゴネるだろう。勢い余って暴れることも十分あり得る。流血の場外乱闘は教育上よろしくない。ビジュアル的にもウンザリだ。
 いずれにせよ、候補者間の競争の底辺にある、メディアの威力と動員の政治という二つの潮流の戦いが、今回の大統領選を通じて浮き彫りになっている。
 そしてその勝敗は、今後のインドネシアの政治のあり方を大きく変える可能性を内包している。


 「鳴動」から「激動」へ 総選挙前から8面で連載開始した本名助教授の「鳴動インドネシア─総選挙・大統領選の行方」の連載は、大統領選挙のキャンペーンが日増しに激化、正副大統領候補間の駆け引きが活発化し、選挙情勢が混沌としてきた情勢の変化を踏まえ、このシリーズのタイトルを「激動インドネシア─総選挙・大統領選の行方」と改めます。(編集部)


つづく


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