キリスト教徒とイスラム教徒の抗争で五千人以上が殺されたとされるマルク諸島に、三年ぶりに和平の機会が訪れた。中央政府の肝いりで二月中旬、スラウェシ島のマリノで紛争終結が合意され、両派の住民がアンボンで祝賀デモを行った。二〇〇〇年六月、「じゃかるた新聞」に「マルク紀行」を十五回連載したが、今回は三月一日から一週間、和平ムードが高まる州都アンボンを訪れ、現地の表情を取材した。
雨が降り続き各地で洪水の被害が出ているジャワ島から、飛行機で四時間。アンボンは太陽が輝き、抜けるような青空が広がっていた。
着陸前に見えた青い海、緑の山々、教会とモスクが点在する港町の美しい町並みに、いつものことながらうっとりした。
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アンボン空港近くの船着き場から市内へ向かう乗り合いボート
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二〇〇〇年五月、抗争が激化し空港が閉鎖され、アンボンに入る手段は船便しかなかった。私はスラウェシ島のマカッサル港から客船に乗り、三十時間もかけてアンボン港に着いたのだった。
その後、空港は再開され、ムルパティ航空が飛ぶようになり、昨年十二月からカルティカ航空も就航し、ジャカルタとは一日二便で結ばれ、便利になった。
しかし空港からアンボン市内への道は、治安部隊によって一般車の通行が制限されたままだ。
だから空港から車で船着き場に行き、市内のキリスト教地区やイスラム教地区行きのモーターボートに乗り換えアンボン湾を渡り、再び車で目的地に行かなければならない。
高い波や強い雨の日はずぶ濡れになる。私の乗ったボートの客の中には船酔いする女性もいた。
■怖い、見えない境界線
隣り合う異教徒が争うことを避けるために、町や村がキリスト教地区とイスラム教地区に分断された。といってもはっきりした線や壁があるわけではない。道一本隔てると異教徒地区に入ってしまう。
しかし住民にとって怖くて越えることのできない見えない境界線が出来てしまった。仲の良かった異教徒の家族や友人と会うことができず、電話や手紙でしか消息を知ることができない状態が続いている。
イスラム教地区からキリスト教地区に物資が運ばれる時、治安部隊に手数料を払うので、キリスト教地区の物価は上がる。
道路に監視所をたくさん設け、運転手から通行料を取るので、乗合の小型バスの料金も三倍くらい値上がりしている。この三年間で住民を苦しめるさまざまなビジネスが生まれている。そんな利権で商売している人にとっては、分断が続いたままの方が、良いのかも知れない。
■アンボンはお祭り気分
空港から乗ったタクシーの運転手サハナヤさんは、地元紙「スアラマルク」をうれしそうに私に見せた。
見出しには「新年を祝うようなパレードだった」とある。前日の二月二十八日、対立が続いているキリスト教徒とイスラム教徒が一緒に車やオートバイに乗って町をパレードした。アンボン湾のボートも漁船も一緒に走り回った。
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国軍は治安維持名目で監視所を設け、通行料を取る
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キリスト教徒のサハナヤさんも仕事を休み、イスラム教徒を乗せて町まで何度も往復した。
通行止めになっている所も以前のように、何の問題もなく自分で運転できた。あなたも、次にアンボンに来るときには、ボートに乗り換えなくてもいいかもしれませんよ、と言われた。
ジャカルタ政府は二月中旬、スラウェシ島のマリノで和平会議を開き、両派の合意をまとめた。
多くの住民にマリノ合意が受け入れられたことで、和平の機運が盛り上がり、州都アンボンでパレードが繰り広げられた。悲惨で無益な争いに疲れた人々は、お祭り気分に浸り、街は祝賀ムードに覆われた。