夜明け前の午前五時すぎ、耳をつんざくような鶏の鳴き声で目が覚めた。バドゥイ族の家はどれも高床式だ。竹の床下に潜り込んだ鶏が、ちょうど寝床の真下辺りで鳴き始めたらしい。
高地にあるバドゥイの居住地は、朝の冷え込みが激しい。上着を二枚着て表に出ると、朝もやのかかる村の各家屋から、早くも炊事の煙が上がっているのが目に映る。
男性の良き伴侶として生きる運命をアダットで義務付けられているバドゥイの女性は、みな例外なく働き者だ。
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機を織る外バドゥイの女性
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ハムダン家のティティン夫人は、日が昇る前から、炊事場でかまどの火をくべ、調理に励み、暇があれば床拭きをするなど、一時も休むことはなかった。朝食時も炊事場から出ようとせず、われわれと同席しようとさえしなかった。
■少年期の懐かしい風景
食後、険しい山道を越え、外バドゥイの集落を訪れた。
政本さんが「少年時代に過ごした田舎の風景に似ている」と語ったように、懐かしさが込み上げてくる風景だった。
各集落に並ぶ藁葺き屋根の家屋から、かまどの煙が上がっている。土の路上一帯で鮮やかな、たばこの葉が干され、その脇で子供たちが遊びに興じている。
夫を耕作に送り出した女性たちは、艶やかなサルンを体に巻き、軒先で機織りに精を出している。カン、カン、カンと三度ずつ、機織りの重なる木音を山間に響かせ、黙々と作業をこなしていた。
■ジャワ人の行商に会う
山道ではさまざまの外バドゥイ族とすれ違う。畑仕事中の夫のため、昼食の弁当を運ぶ女性、川で水浴した帰りの素っ裸の少年たち。
そして何度か、ジャワ人の行商人の姿も見た。あるジャワ人の老人と青年は、汗だくになりながらも天秤棒でバランスを取りつつ、重そうな植木鉢を器用に運んでいた。外バドゥイ最大の集落であるガジェボへ商売に行くのだという。
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自宅の前に立つヤディさん(左)と妻のハムザさん
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ガイドのデデンさんは「周辺地域の行商人は、国内の経済成長とともに増え始めた。一九八〇年代から、西欧人の旅行者も増え、外バドゥイは少しずつ変わり始めている」と語る。
自給自足の生活が義務付けられるバドゥイ族は、長年、外部の物質文明を拒否し続けてきたが、貨幣経済の波が徐々に外バドゥイの各集落を覆い始め、アダットを柔軟化せざるを得ない事態も起きているという。
■電車、バスにも乗る
われわれが宿泊した民家の世帯主であるジャヤさんは、バドゥイ居住地を移動する間は「恥ずかしいから」と決してサンダルを履くことはない。
だが、居住地の外では靴も履く上、バドゥイ原産のはちみつを売るため、都市部へ移動する際は、電車やバスにも乗る。
「ジャカルタやバンドンといった都市で何が起こっているのか知りたいし、便利なものは使いたい」とジャヤさんは語る。
これに対し、父のサイディさん(八〇)は「サンダルを履くなんて絶対に許されないことだ」と気を吐く。さらに、「われわれ年寄り衆は、今の若者たちの考えを理解できない。世代交代が進み、人の心が変わってしまえば、この先バドゥイはどうなって行くのだろうか」と寂しそうに話した。
古き良き面影が残るバドゥイの地でも今、現代の物質文明の狭間で、世代を越えた葛藤を抱えている−親子の対話に、彼ら種族の切実な苦悩を感じたような気がした。