ホーム

花曇り空にサクラ満開

「友」に再会した温かな感傷 / 西ジャワ・チボダス植物園

【じゃかるた新聞 2009年1月28日水曜日8面】

 「チボダス植物園のサクラが花を付けましたよ」。同園から携帯電話にSMSが届いた。どんよりとした雨雲と霧に覆われた山を駆け上り、標高1400メートルの植物園に向かう。園内の「タマン・サクラ(桜園)」に到着すると、「花曇り」の空に立つ細い裸の枝々に震えるように咲く小さな桜の花たちが、一斉に手を振るかのような表情で出迎えた。日本を離れて見るサクラは野性的で絢爛(けんらん)さには欠けるが、懐かしい友に再会したような温かさが胸に迫ってきた。

雨に濡れながら咲いているサクラ
 ジャカルタから約3時間、プンチャック峠を越えた、西ジャワ州チアンジュール県のグデ・パングランゴ山のふもとにあるチボダス植物園内に、2007年、桜の苗木約300本を集めた広場「タマン・サクラ」が公開された。
 広さは約4000平米。芝生の広場の中を流れる小川に沿って、約200メートルの「サクラ並木」が続く。まだ樹齢4―5歳の木が大半で、高さは3―5メートルと小さく、大人の目の高さに、濃いピンクの花が重なる。
 2002―07年まで園長を務めたホリフ・イマヌディンさん(58)が中心となり桜園を造り始めたのは03年。約150年の歴史を持つ同園には以前から、オランダの植物学者らが持ち込んだ植物コレクションの一つに、ヒマラヤや中国に自生する「ヒマラヤザクラ」があった。
 斜面に点在し注目されない植物だったが、当時園長だったホリフさんは、1995年、日本訪問時に見た桜を思い出した。「苗を集め、『花見』に人が集まる広場ができないだろうか」
 サクラ園建設に先立ち、点在していたヒマラヤザクラを川沿いに移植、その枝を切って土に植える「挿し木」で苗木を増やした。また日本から学者が来るときには「サクラを持ってきてほしい」と頼み、日本品種も集めた。04年にはメガワティ大統領(当時)も日本から持ち帰った苗木を進呈したという。
 開花は年2回。山の平均気温18度を下回る雨期のピークの1―2月と乾期のピークの9月ごろ、葉が落ちた枝から花が開く。ただ開花はまだ不安定だ。6月ごろに咲き遅れた花がぽつりぽつりと開くこともある。開花時期もほとんど予測不可能。品種や生態の研究は始まったばかりだ。
■サクラの下で日イ交流
桜並木の側で川遊びを楽しむ子どもたち
 ホリフさんは「花見の文化」に憧れを抱く。80年代に流行った歌謡曲の題として、また日本の代名詞として「インドネシア人の90%はサクラに憧れている」と話すほど、意識に刷り込まれた日本の花だ。
 日本訪問で花見への認識をさらに深めた。小学校の環境教育を見学した際、子どもたちの関心がとても高く、難しいことも熱心に質問するのに感心した。「自然を感じる気持ちが育っている。『花見』は身近に自然を愛でるその国民性を育てているのではないか」
 ホリフさんは、植物の研究と園の拡張に意欲を見せる。「今はまだ頼りない並木だが、都会のインドネシア人が花見に集まり、自然を感じるきっかけにしたい。また日本が恋しくなった邦人や元留学生が立ち寄る場所になったら良いと思う。いつか、この木の下で、日イの人々の知識や文化の交換が始まれば最高」
◇チボダス植物園
 オランダの植物学者が1852年に、各国の高山植物などを栽培するボゴール植物園の姉妹園として創設。標高1300―1425メートルに位置し、総面積は125ヘクタール。国内、米国、中国、豪州、日本などから集めた1万種を栽培している。平均気温は18度。年間降水量は3380ミリ。ツバキやアジサイ、ツツジ園などもある。入園料6000ルピア。乗用車1万5500ルピア。電話は0263・512233

インドネシアに「春」到来

可憐な桜がお出迎え / 西ジャワ州のチボダス植物園

【じゃかるた新聞 2010年2月5日金曜日じゃらん・じゃらん特集】

 暦(こよみ)の上では、もう立春。寒さの厳しさが増す日本より一足先に、インドネシアに「春」が来た。西ジャワ州チアンジュール県チパナスのチボダス植物園内にある桜園が淡い桃色に染まり始めた。日本最古の歌集「万葉集」にも詠まれる桜は、日本人の心の故郷。弁当を風呂敷に包み、家族や友人と車で出掛け、空気が澄んだ、涼しい高原の桜の木の下で、「インドネシアの春」を過ごそう。

新婚旅行で訪れ、「生まれて初めてサクラを見た」と口をそろえるサウジアラビア人夫婦
■山麓にある植物の宝庫
 プンチャック峠を過ぎ、「クブン・ラヤ・チボダス」(チボダス植物園)の青い看板を右に曲がる。チボダス植物園はグデ山とパングランゴ山の山麓(さんろく)に位置し、標高1300メートルから1425メートルの場所にある。年間の平均気温は18度と涼しく、都会にはない澄んだ空気で爽快感を味わえる。
 オランダ人植物学者、ヨハネス・エリアス・テスマン氏が1852年に開設した。125ヘクタールに国内、米国、中国、豪州、日本などから集めたシダ、ラン、ユーカリ、ナンヨースギ科の巨木群など約1万1000のコレクションを擁する「植物の宝庫」だ。
■渓谷に映える桜
 園内は車で移動できる。2007年に完成した、7000平方メートルの「タマン・サクラ(桜園)」(園内の地図1)は、正面入り口から数分の距離にある。渓谷の地形を利用して造園され、流れる小川を挟むように、両側の斜面に約200メートルにわたって、ヒマラヤザクラ、ソメイヨシノ、ヤマザクラなど4種の435本の桜が植えられている。
 インドネシア科学院(LIPI)に所属するチボダス植物園の研究員のナナンさんは「ソメイヨシノとヤマザクラは、これまでに一度もつぼみを付けたことがない」と語る。
 小さな淡い桃色の花を咲かせているヒマラヤザクラは、ソメイヨシノの華麗なイメージとは遠いが、風を受けて揺れるその姿は、野性的でありながらも健気で愛らしい。04年に日本の筑波実験植物園から寄贈された苗木も育っている。開花時期は、年に2回あり、1月下旬−2月上旬と8月下旬−9月上旬にかけてだ。
 木々の高さは、約3−5メートル。その大半がつぼみを付けており、少しずつ咲き始めている。
 車でさらに10分ほど進むと木造建築のゲストハウス近くの草原に着く。大きな池のそばに、高さ約6メートルのヒマラヤザクラがそびえ立っている(地図2)。1971年にオランダ人植物学者が持ち込んだという。
 草原は見晴らしが良く、トンボが飛び交い、小鳥がさえずる。桜の木の下で、サラサラと近くの水路を流れる水の音を聞きながら、花見に興じるのは格別だ。
物珍しそうに観賞する来園者
■日本の桜を咲かそう
 チボダス植物園では、桜のコレクションを増やそうと力を入れている。
 植物の苗木や種子の寄付の受け付け、管理、登録に携わる研究員のナナンさんは「品種の異なる日本の桜を寄贈してほしい」と邦人に呼び掛けている。「寄付された桜に寄贈者の名を付け、園内で大切に育てる。10、20年後も園内で来園者の目を楽しませるだろう」
 インドネシアの気候に適すると思われる桜の品種について、青年海外協力隊員としてグヌングデ・パングランゴ国立公園に滞在している建元喜寿さんは「ソメイヨシノは今後、開花する可能性がある。ソメイヨシノの親にあたる、南方系のオオシマザクラとエドヒガンも開花する候補に挙げられる」と指摘した。
 愛媛県の産官学の訪問団が昨年10月に来イした際に、チボダスの植物園に寄贈した品種「陽光」は、育苗室群(地図3)で育てられており、一つの苗木から新緑の葉が芽生えている。
■ガイドブック片手に散策
 東京と筑波にある国立科学博物館の名誉研究員の八田(はった)洋章さんらが著したチボダス植物園の日本語ガイドブック「樹木散歩 チボダス植物園」(6万ルピア、2006年出版)は研究員事務所(地図4)で販売されている。
 園内を6ルートに分けて紹介。ガイドブックの道に沿って歩けば、次々に現れる樹木を詳説しているため、追体験をすることができる。「日本では味わえない、熱帯山地雨林域の樹木たちが示す、多様な姿や形に驚かされるだろう」と八田さんは語っている。
■週末は午前6時に出発しよう
 チボダス植物園は、ジャカルタから南東に約100キロの距離に位置する。平日は車で約2時間、週末は大渋滞が予想されるため、回避するために、ジャカルタを午前6時に出発するのが適切だという。
 サクラの品種の寄贈、ガイドブック、植物園に関する問い合わせは、ナナンさん(電話0263・520・448、携帯0812・875・6484、メール surya017@rocketmail.com)まで。英語、インドネシア語で。

◇桜園の造園秘話
 「インドネシアにも『花見文化』を根付かせることができないか」。2002―07年にチボダス植物園の園長を務めたホリフ・イマムディンさんは、公園に点在する桜を見て思った。桜は来園者に「サクラ」と気付かれることもなく、ひっそり咲いていた。
 ラン研究の権威として日本に招待されたとき桜を見た。植物や環境に興味を持つ子どもたちに驚き、「日本人は花見を通じて自然を愛でる心を身に着けているのでは」と感銘を受けた。03年に「タマン・サクラ(桜園)」造りに着手し、桜の枝から「取り木」した小さな株を、川沿いに植えていった。07年に桜園をオープンさせた2年後、ホリフさんは、亡くなった。
 「いつかこの桜が大きくなって、桜園に邦人とインドネシア人が集い、一緒に花見ができるようになったらなぁ」。ホリフさんは桜の下で日イの人が知識や感性を交換する日を楽しみにしていた。