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2002年9月4日 じゃかるた新聞掲載

首都ゴミ戦争の現場見る ブカシ市バンダル・ゲバン
 廃品に群がる人々の苦悩 「閉鎖したら仕事を失う」
 首都ジャカルタのゴミを一手に処理する巨大なゴミ処理場が、西ジャワ州ブカシ市の郊外にある。今年初め、ブカシ市が閉鎖を宣言したためジャカルタ特別州との間でゴミ戦争が起きたバンダル・ゲバン最終処理場だ。悪臭とハエの大群にもめげず、約千五百世帯、四千六百人が処理場の敷地内に集落を作り、廃品回収の仕事をしている。大都市の無秩序な発展の縮図ともいえるゴミの山に、地球の友と歩む会(LIFE)主催のスタディーツアーに参加した学生らとともに、現地を取材した。

 強烈な異臭が鼻を突く。数万匹のハエが辺りを飛び交う。男たちが、ゴミ山からミネラルウォーターのプラスチック容器を拾い出し、リヤカーを引いて持ち帰る。
 女たちは、それをリサイクル業者に売るため、ふたを取り外し、砕削作業を行っていた。大人たちに混じって、子供たちの姿も目立つ。
 ジャカルタから東へ車で約一時間、西ジャワ州ブカシ市の外れにある約四百ヘクタールの処理場は、ジャカルタで排出される年間六千万トンのゴミの七五%を処理している。
 ペットボトルを洗浄していた住民の一人、エカさん(四一)は「衛生環境は最悪だが、ここはゴミを売って金が稼げる宝の山がある。冷蔵庫やテレビだって買える」と、処分場に住む理由を語った。
ゴミ山に続く道路は収集車とゴミを拾う男たちでにぎわいを見せている
ゴミ山に続く道路は収集車とゴミを拾う男たちでにぎわいを見せている
 処理場入口には、一九八〇年代後半からチクティン・ウディック集落が生まれた。廃品回収で収入を得ようとする貧困層の人々が、廃棄物の板やビニールでバラック小屋を建てて住んでいる。
 八七年から住民を支援している非政府組織(NGO)ディナミカ・インドネシア・ファンデーションのスタッフ、ナスルディンさん(三二)によると、住民らの収入は一人当たり、五千から一万ルピア。
 十八歳以下の子供が約千人住んでいるが、ほとんどが学校に通えず、一日五時間から十二時間の労働を強いられている。崩れたゴミの下敷きになったり、ブルドーザーにひかれる子供も後を絶たないという。
 処理場は、州政府の土地で居住が禁止されているため、不法占拠を続ける住民には行政サービスがない。
 このため、同団体は、三つの幼稚園と小学校一校を設立。
 九九年に設立された幼稚園は、日本の政府開発援助(ODA)の資金で建設された。幼稚園には計百二十人、小学校には約二百人の子供たちが学んでいるが、ほとんどは、学校が終わる午後から、廃品回収の仕事に就く。
 保健所もなく、住民のほとんどは医療を受けていない。汚染された井戸水と汚染された空気のために、住民全員が寄生虫、気管支炎、皮膚病など、何らかの病気にかかっている。
 ナスルディンさんは「ジャカルタ州政府がブカシ市に使用料を払っているが、住民の衛生環境向上には使用されず、道路やモスクの建設に使用された。スティヨソ知事が約束した病院建設も、まったく進んでいない」と怒る。
 環境悪化を懸念するブカシ市は、二〇〇三年には処理場を閉鎖する予定だ。住民の一人、ブディアルジョさん(四二)は「仕事が無くなってしまう」と語り、収入源を失うことになる閉鎖には強く反対している。
 ボランティアたちは、住民に職業訓練、子供の権利についての勉強会を開催。処理場から移転するよう指導している。住民の多くは高等教育を受けていないため、再就職先を見つけるのは困難で、根本的な解決にはほど遠い。
 地球の友と歩む会の呼びかけで、インドネシア各地を視察した学生の一人は、「中部ジャワの農村を訪れて農民の苦労を知ったが、大都市の周辺に、こんな劣悪な生活をする人々がいたことに驚いた。農村より都市の貧困が、はるかに厳しいという現実を理解した」と感想を述べた。

■バンダル・ゲバン処理場

 一九八六年に開設、一日平均二万五千平方メートル(トラック約七百台分)の生活ゴミや産業廃棄物が運び込まれている。
 穴を掘り、ゴミを埋めて土を被せるという方法でゴミを処理しているため、周辺地域への環境汚染が深刻化。
 このため、ブカシ県は昨年十二月、処理場を封鎖し、契約を打ち切ろうとしたが、ジャカルタ州政府が二〇〇三年までに計二百二十七億五千万ルピアを支払い、病院を建設することを約束し、二〇〇三年までの使用が決定している。







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