ジャカルタの目抜き通り、タムリン通りに建設中だった在インドネシア日本大使館の新しい建物がこのほど完成し、二十四日、日本の報道陣に館内が初公開された。八階建てのグレーの建物は、世界的なテロ事件や大使館駆け込みなどの国際情勢の変化を反映し、当初言われていた「モダンな建物」というより、自動車爆弾などテロ対策を重視した「外交官の要塞」というイメージで再登場した。ムナラタムリンの臨時大使館から新館への三年ぶりの引っ越しを、二十八日夜から三月二日まで突貫で行い、四日からビザ発給などの領事業務も含め業務を開始する。
| 高い塀と有刺鉄線は厳しい国際情勢の反映
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| 天井が高く、清潔ムードの領事業務窓口
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情報文化班長の浜田雄二・一等書記官、鈴木哲参事官の案内で、NHKの田端祐一支局長ら七社の記者団が取材した。
最初に目を引いたのは、車が二重ゲートに挟まれた瞬間。電動式の鉄扉が開き、車が中に入ると、その扉が閉じ、次の扉が開くまでに、不審者であるかどうかのチェックがある。
扉が開いた瞬間、突入してくる自動車爆弾テロに備えた新装置だ。「これ、世界の日本大使館のスタンダードになっています」と鈴木さん。
菊の御紋も真新しい正面の建物の中へ入ると、素っ気ない待合い室。訪問者は、受付で手続きを踏み、鉄のドアを何回も開けて館内に入るのはこれまで通り。
裏手に小さな日本庭園が復活。旧館当時、ジャパンクラブが寄付した灯籠が飾られた。
領事館への一般客は、玄関左手の別のゲートを入る。ビザやパスポートを発給する領事業務の窓口は一階にあり、大理石を敷き詰めるなどして清潔さを出した。
ここから階段を上がった二階部分は、浜田さん自慢の情報文化センター。二千冊の図書室と、椅子なら百四十席、パーティーなら二百人を収容できる多目的ホール。「最新式のスクリーン、音響装置が完備しているので、セミナーなどに利用したい」と浜田さん。
三階は大使館の会計など官房フロアー、四階は財務省など各省庁出向の経済担当書記官らの執務エリア、五階に飯村大使と佐藤公使のトップが陣取り、六階はインドネシア情勢を日々分析する政務班の詰め所。
このように一階から六階までが、大使館業務の執務スペースだが、外から見ると建物は八階建てに見える。ジャカルタ特別州の建築指導で目抜き通りの建物は、最低で八階建てを義務付けられていた。
この条件を満たすため、七階から八階にかけての吹き抜けの空間に、邦人緊急避難所を設けた。八百人の邦人を収容できるスペースだが、冷房なし。天井は、屋根代わりに付け足した屋上ヘリポート。
鈴木さんによると、サイゴン陥落のような事態でもあれば、最後に残った邦人が、この避難所からヘリに乗り、ジャワ海に待機する自衛艦に脱出−という構想で造られた。
「避難所を使うことはめったにない。通常はローカルスタッフにテニスやバドミントンを楽しんでもらいます。宿直者用にシャワー室はありますが、サウナなんてとんでもない」と鈴木さん。
テロリストの侵入に備えた隠しカメラなどの秘密兵器、日本外交の秘密を守る通信施設などへのアクセスは認められなかったが、大使の部屋は防弾ガラス、厚さ十数センチの化粧版鉄扉が設置された。「ここが最後の砦になります。脱出口?それはご想像にまかせます」と鈴木さん。
■駐車場が悩み
大使館が最も頭を痛めているのは駐車場問題。来客用駐車場が少ないことや安全対策の面から、大使館への訪問客は、アポイントする際、事前に車のナンバーを通告する必要がある。
また、パスポートなど領事窓口への一般客の駐車場は、原則として用意されていない。門の前で車を降り、運転手に最寄りのホテルやデパートの駐車場で待機させ、携帯電話で呼び出すなどの方法を大使館は提案している。
新しい大使館は総工費約三千万ドル(約三十六億円)。一九六六年に建てた旧館を取り壊した後、大成建設が二〇〇一年二月から約二年をかけて完成。引っ越しには、日本通運の特別部隊が組織されている。