ロック、ポップス、ダンドゥットなど多様な音楽が息づくインドネシアの音楽界は、昨年と比べ発売枚数も少なく、やや低迷気味だったが、充実した作品もリリースされている。じゃかるた新聞編集部が選出したベストアルバムを紹介する。
◆ザピンドゥット(イエット・ブスタミ)
ダンドゥットの実力派女性歌手イエットの最新作は、スマトラ島からマレー半島、カリマンタン、スラウェシなど広範な地域で息づくムラユ(マレー)音楽をベースにしたダンドゥット。MTVダンドゥット部門のベスト・ビデオクリップ賞など数々の賞を受賞した話題作。
ポップなアレンジのムラユ音楽にも取り組んできたイエットが、本作では、リアウの舞踊ザピンのリズムとダンドゥットを組み合わせた「ザピンドゥット」を披露。アラブ色濃厚で壮麗なストリングス、ムラユの打楽器マルウィスをダンドゥットのグンダンに置き換え、スピード感を出すなど、随所に斬新なアレンジを導入した。
ルーツの一つであるムラユ音楽に回帰し、すでに固定化したダンドゥットのスタイルに新たな装いを施したのは、リアウ出身のベテラン・ミュージシャン、マラ・カルマ。近年で最も優れたダンドゥットに仕上がった。
◆ゴヤン・イヌル(イヌル・ダラティスタ)
ドリル型ゴヤン(腰振り)で瞬く間にスターダムにのし上がったイヌルのスタジオ録音二作目。東ジャワのローカル歌手がジャカルタで話題になって一年足らずだが、賛否両論を呼んだイヌルのゴヤンはすっかり国民に認知され、生い立ちを描いた連続ドラマも好評放映中。
「イヌルのゴヤンはちょっとセクシー、でも許してね」と歌うドラマ主題歌「ゴヤン・イヌル」や「コチョッ・コチョッ」は、他の歌手の曲を歌い、ゴヤンを売りにしてきたイヌルにとって、初のオリジナル・ヒット曲となった。昨年登場した男性歌手アラムの大ヒット曲「ンバ・ドゥクン」と同じ作者で、この路線はマンネリ気味。
ロック歌手を目指していたイヌルのボーカルに、ダンドゥット特有の艶を求めるまでもないが、人気を確立した現在、「ダンドゥットを人気獲得の手段に利用しているだけ」との先輩歌手の批判を吹き飛ばすべく、音楽的な冒険にも期待したい。
◆ロンゲン・ドンブレット(デシー・アルサンティ)
イヌルのようなパフォーマンスが重視される傾向が強まった今年のダンドゥット界。マンネリ化した曲調が依然として多いのも事実だが、本作のように、西ジャワ・スンダの音楽を取り入れた力作もある。両面太鼓の強烈なビートは、ダンドゥットというよりジャイポンガン。ハウス・ミュージックを意識してか、スピード感溢れるリズムを生み出している。
◆マブック・チンタ(ドゥブ)
インドネシアに移住した米国人を中心に、英国人、スウェーデン人、インドネシア人三人らの混成楽団のデビュー・アルバム。インドネシア各地で演奏活動を展開し、デポックに拠点を構える放浪集団だ。
ハープ、ウード、サントゥール(ペルシャ起源の弦楽器)などの楽器編成もユニーク。シリア、トルコ、ブギス、オリジナル曲など、イスラム神秘主義スーフィーの思想を反映した幻想的な曲想が並ぶ。
ジャカルタ各地のショッピングモールをはじめ、テレビ番組などにも出演。インドネシアの著名ミュージシャンの協力も得てレコーディングするなど、注目を集めつつあり、イスラムの音楽として狭い枠に閉じ込めず、インドネシアでは珍しいポップスとして、今後の活躍を期待したいグループだ。
◆チュチャック・ラワ(ディディ・クンポット)
今年大ヒットしたジャワ語の歌「チュチャック・ラワ」を収録したジャワの人気歌手ディディ・クンポットのアルバム。
インドネシアの国民音楽クロンチョンで使われるクロンチョン・ギターなどを隠し味にした、童謡のような親しみやすいジャワのポップス。
インドネシアでは、ジャカルタから発信される音楽とは別に、各地で息づく地方音楽の世界があり、「チュチャック・ラワ」もジャワ語のポップス「チャンプルサリ」の曲。
しかし、この曲はジャワ語を解さないジャカルタのカンプンの子供たちから、カフェでも演奏されるなど、北スラウェシの「ポチョポチョ」のように幅広い層に受け入れられたヒット曲となった。
クロンチョンのような伝統音楽が、現在の地方ポップスにさまざまな形で受け継がれ、それに感応するリスナーがいることが分かる好例だ。
◆バジャカン(スランク)
結成二十周年記念のライブを行ったばかりの社会派バンド、スランクのライブアルバム。メダン、ジャカルタなど各地の公演のほか、バリと韓国で行った韓国のバンドとの共演も収録。荒削りだが、ストレートな感覚を生かしたライブの臨場感が伝わる好盤に仕上がった。
(3)は韓国のイベントのテーマ曲「シャウト・アジア」、(8)はスランクの代表曲をそれぞれ韓国のヨン・バンドと共演。ハングルの歌詞がインドネシアの歌手のCDに印刷されたのはこれが初めてでは。来年にはベトナムでのイベントに出演する予定もあり、アジアのミュージシャンとの交流も活発化しそうだ。
話題になったダンドゥットの王様ロマ・イラマとのジョイント・ライブから、ロマが歌うスランクの曲も収録。イヌルやジャズ歌手らとデュエットした今年三月のライブから一曲も収録されていないのは残念だ。
◆スギティガ(チョクラット)
軽快なビートとポップなメロディーで、ファンを拡大しつつあるオルタナティブ系ロックバンド、チョクラットの三作目。
このバンドの特徴は、女性ボーカルのキカン。クランベリーズやシンニード・オコナーを思わせるような女性的でありながら、攻撃的で強い意志を持った声をベースに、シンプルな歌詞でメッセージを伝える。
聞いていると思わず口ずさんでしまいそうなアップテンポでメロディアスな旋律のタイトル曲や「ブア・ハティ」、ストリングスとボーカルだけで組み立てられた「プナンティアン」などは必聴。
曲によっては、やや型通りでオリジナリティーに欠ける節回しもあるのは、今後に期待か。
◆ススアトゥ・ヤン・テルトゥンダ(パディ)
ここ数年で一気に国内トップアーティストの座を確立したロックバンド、パディの三作目のフルアルバム。
これまでの二作と比べると、肩ひじを張らず、良い意味でエッジが取れた印象。
ボーカルのファドリも「歌詞の半分ぐらいが精神的なものを歌っている」と語っているように、内省的なものが増え、定番だったこれまでのラブソングメーカーから脱却し、新たな方向性を模索している姿が感じられるが、「ラプ」のような壮大なバラード、「パタ」など重厚なサウンドも健在。
「ススアトゥ・ヤン・テルトゥンダ」では、ファドリの尊敬するイワン・ファルスがボーカル参加。パーカッションなどを駆使した自然回帰的で柔らかなサウンドに乗せ、タイプこそ違うが、新旧を代表するトップシンガーが息の合ったデュエットを聴かせる。
◆ エッフェル・アイム・イン・ラブ(アント・ホッド&メリー・グスロウ)
現代インドネシアきっての女性シンガーソングライターであるメリー・グスロウと夫のアント・フッドによる国内映画のサントラ。
同じティーンエージャー向けの恋愛ものとあってか、初のサントラ挑戦となった昨年の「チンタに何があったのか?」と傾向はほぼ変わらず、新味がない印象も。
映画内での使われ方があまりうまくなかったこともあり、デュエットの女性(メリー)がインドネシア語、男性がフランス語で歌う「テルニャタ」は、チグハグでやや興ざめの感あり。
とは言いつつも、全体の楽曲の完成度は高く、メリー、アント夫妻のポップ・ユニットであるポトレットを思わせるキャッチーで軽快なポップス、透明感の高いバラードなどが織り交ぜられており、メリー・ファンは十分楽しめるでしょう。
◆30ハリ・ムンチャリ・チンタ
ジョクジャ出身のポップ・ロックバンド「シーラ・オン7」が手掛けた来年初めに公開予定の国内映画のサントラで全十曲のうち、四曲が新曲。
バンドの中心人物であるエロスは国内映画「ブンデラ」で同名の楽曲をチョクラットに提供したことはあるが、バンドとして関わったのは初めて。
軽快でさわやかなサウンド健在。シーラらしさが出たサントラに仕上がっている。
◆マルセル(マルセル)
映画「アンダイ・イア・タウ」で注目を浴びたマルセルのデビューアルバム。全体的にはR&Bでまとめているが、随所にソウルやテクノ、ポップスを取り込むなど、枠にとらわれないアルバム。R&Bを取り入れる前の初期の平井堅を想起させる。
それもそのはず、このアルバムにはマルセルの才能に魅了されたメリー・グスロウ、トーパティら多数のアーティストが楽曲を提供したのだ。アルバムタイトルに自身の名前を取り入れている事からも、このアルバムに自信を持っていることがうかがえる。
しかし、マルセルの魅力は幅広い音楽性よりも、その声にある。曲の音階は低いのに、透明感のあるハスキーボイスが、音階以上に高音で歌っているように聞こえる。低音、高音と相反する質を持つ歌声が、多数のジャンルを歌いこなせ、彼の魅力を引き立てている。
◆クタ・ロック・シティ(スーパーマン・イズ・デッド)
バリからジャワへと徐々に勢力を拡大、今年三月にソニー・ミュージックと契約したロカビリー色の強いパンク・バンドのメジャーデビュー作。バンド名は、ストーン・テンプル・パイロットの曲「スーパーマン・シルバーガン」をもじったもので、「完璧な人間などいない」という意味を込めたもの。
ボーカル兼ギター、ベース、ドラムの三人構成による、三コードのシンプルでノリの良いサウンドにアグレッシブなパフォーマンスが、熱狂的なファン層の支持を生み出し、スラバヤのライブでは「日本人くたばれ!」などと叫んで、公演が禁止になったという逸話も。
グリーンデイなどの流れを継承したメロディアスな国産パンクが、インドネシアの若者の間で評判となり、これまでに十五万枚のセールスを記録した。
◆マイ・ダイアリー(モッカ)
良質なポップ・アルバム。人気作家デウィ・ルスタリの妹がボーカルを担当している。メジャーレーベルではなく、インディーズからのデビューアルバムながらスマッシュヒットを記録した。
歌詞は全編英語。海外展開も視野に入れており、このアルバムは、北欧などでも話題を呼んだという。
サウンドもユニーク。六〇年代ポップスを現代風にアレンジ。散りばめられたフルートの音色が耳に残る。国内バンドには珍しいウッドベースを取り入れている点も斬新。
MTVのビデオクリップ賞を受賞したプロモーションビデオには、ビートルズやアンディ・ウォーホールが登場。彼らのルーツが垣間見える。
衣装やジャケットのデザインなどにも自己プロデュース能力がうかがえ、バンドン出身の若者はやっぱりクリエイティブだと感じさせる。
◆ビチャラ・チンタ(ルス・サハナヤ)
インドネシアを代表する実力派女性歌手ルス・サハナヤの最新作。昨年、ギリシャで共演したイタリア人テナー歌手とのイタリア語のデュエット曲も収録。ソニー移籍第一弾を記念し、同レーベルの外国人歌手とのデュエットが実現した。
一九九〇年代初頭に「カウラ・スガラニャ」が大ヒットして以来、しっとりとしたバラードには定評があるルス。本作でもタイトル曲をはじめ安心して聞ける曲はあるが、ドラマの主題歌にも使われたアップテンポの軽快な曲など、粒ぞろいの曲が並んだ前作のようなバリエーションにはやや欠ける。
今月には、米国で活躍するシンガポール人女性歌手、何耀珊(ホー・ヤオサン)と共演。各国のミュージシャンとのコラボレーションから、新たな歌世界が生まれることを期待したい。
◆サムサラ(デワ・ブジャナ)
人気ロックバンド、ギギのギタリスト、デワ・ブジャナが、米国、日本などでレコーディングしたソロ・アルバム。米国のフュージョン・バンド、ウェザー・リポートとの共演、尺八の音を収録し、バリエーションに富んだヒーリング・ミュージックに仕上げた。
インドネシア国内の著名ミュージシャンも多数参加。ジャズ・バー「ジャムズ」を拠点に活動していた「ジャワ・ジャズ」で、デワと活動していたインドラ・レスマナ、エスノ・フュージョン・バンド「クラカタウ」で活躍するドウィキ・ダルマワン、ジャズ界の重鎮ブビー・チェンらと豪華。
アルバム・タイトルは、敬愛するダライ・ラマの言葉からとったという。「サムサラとは、輪廻によって定められた存在の輪。人生という現象を特徴付ける苦痛の輪でもある」との原文を載せている。
◆ルマ・クトゥジュ(インドラ・レスマナ)
最近ブームの有名ミュージシャンが制作した国内映画のサウンドトラック。映画監督ミラ・レスマナの弟で、敏腕クリエーターのインドラ・レスマナが担当。
ブライアン・セッツアー・オーケストラを彷彿とするビッグバンドを率いて、いかしたスウィングジャズを披露している。
格好良いものは、時代を超えて格好良いことを改めて証明している。インドネシアで聴くと逆に新しくも感じる。
プラザスナヤンで開かれたミニ・コンサートには、有名ミュージシャンが多数駆け付けるなど、次なる展開が期待されたが、その後は音沙汰なしなのが残念。ビッグバンドは運営費がかさむので、恒常的にやりたくないという事情もあるのだろうか。
ホーンセクションまでずらりと並ぶステージは、ジャズに興味がなくても楽しめるので、インドラの趣味にとどめず、ぜひまたやってほしい。