多種多様な音楽が息づくインドネシア。今年も、若者に人気のロック、幅広い層にファンを持つポップス、その他のジャンルでも数は少ないが、充実作がリリースされた。今年の話題作、注目度は低かったが質の高いアルバムなどを選出した。
◆「キナンティ」(アンディン)
十五歳の実力派がデビューと注目されたアンディン。二年ぶりのセカンドは、アシッドジャズ・アレンジなどのボサノバが並ぶ完成度の高いアルバムに仕上がった。日本の音楽雑誌でも取り上げられた話題作。
スタンダード・ジャズやポップスのカバーを散りばめたデビュー作は、シェリナなど多数の少女歌手を育てた「音楽教室の先生」エルファ・セシオリアのプロデュースで、レッスンの成果を精いっぱい出した初々しさが魅力だった。本作は、アンディンが幼いころから親しんできたというボサノバに絞ってアルバムに統一感を出し、さらに成熟した歌を聞かせる。
ジャズ・フュージョン界の若手ホープとして期待されるインドラ・レスマナ(映画監督ミラ・レスマナの弟)をプロデューサーに迎え、インドネシアでは少ない緻密なプログラミングでバックを固める。売れっ子ギタリスト、トーパティら、参加ミュージシャンも豪華だ。
◆「デカデ1940─2002」(クリシェ)
一九七〇年代から活躍し、グル・スカルノプトラやエロス・ジャロットとの共演でも知られるポップス界の大御所が、六十年にわたるインドネシア・ポップスの財産の数々をリメイクした企画アルバム。
(5)はインドネシア・ポップスの原点であるクロンチョン二曲のメドレー。ウクレレ型のクロンチョン・ギター(チャックとチュック)も使用。アラブ色が濃いダンドゥット(4)では、トランペットのソロを挿入するなど、ロックやポップス歌手のオーケストラ・アレンジで引っ張りだこのエルウィン・グタワの粋な脚色が光る。
九〇年代を代表するミュージシャンとして、ロックバンド「デワ」のアフマッド・ダニの初期作(1)、ジクスティックのソングライター、ポンキーの(9)を取り上げた。単なるカバーの寄せ集めではなく、繊細なクリシェのヴォーカルに合った曲を選び、すべて自己流の軽快なポップスに仕上げている。
◆「マグマ」(シャハラニ)
ジャズ・シンガーとして活躍、昨年のミュージカル「ニャイ・ダシマ」でも存在感のあるステージを見せたシャハラニ。気だるげで都会的な音、ポップな曲もなく実験的な要素が強い─など、一般的な注目度は低いが、スタンダードなどを歌った前作から心機一転し、スタジオワークにも重点を置いたハイクオリティなアルバム。
異色作が(2)「スンヤ・ルリ」。インドのシタール、タブラのイントロで始まり、ドラムンベースに呪文のようなジャワ語をまくし立てるダラン(ワヤン使い)のスジウォ・テジョが絡みつく。ビョークのようなアグレッシブな面が出てくれば、世界水準も目指せそう。
◆「バブラス」(サニア)
ドレッドヘアーなど奇抜なファッションで注目を集めるR&B歌手、サニアの三年ぶりのセカンド。
エリカ・バトゥやローリン・ヒルのファンだけど、ベニャミンS(ブタウィの国民的歌手)も好き、というだけあり、バラエティに富んだ曲が並ぶ。ブラック・ミュージックをどん欲に吸収しながら、その模倣に終わらず、自由奔放な自分のカラーを全面に展開。
タイトル曲(2)「バブラス」は、デビューヒット「サンタイ」のようなインパクトはないが、アコーディオンなども使用したムラユ(マレー)風味が新鮮だ。最後に収録された同曲のリプライズ(12)は絶品。黒人歌手が歌うボレーロといって信じる人がいるかも?
◆「アダ・アパ・ドゥガン・チンタ?」(メリー・グスロウとアント・フッド)
インドネシア史上最高のヒットを記録した同名映画のサントラ。インドネシアが誇るシンガソングライター、メリーが夫のアントとともにプロデュース、映画とともに今年の話題をかっさらった。
メリーの別ユニット「ポトレット」をほうふつさせる軽快なナンバー(1)「ク・バハギア」で幕を開けるアルバムは、新人のエリックを起用し、今年のトップヒットの一つとなったタイトル曲、「ブンガ」のボーカル、アンダが歌った(9)「トゥンタン・ススオラン」など、メリーの多彩な才能が凝縮された一作。
ボーナス・トラックとして、主演女優のディアン・サストロワルドヨが自ら歌った(11)「トゥンタン・ススオラン」も収録されている。
◆「18」(アウディ)
「サトゥ・ジャム・サジャ」がヒットを記録したアウディのファーストアルバム。
せつなさがこみあげてくるようなラブソング(6)「ジャンジ・ディ・アタス・インカル」や、宇多田ヒカルのインドネシア版とも言えるようなアップビートの(1)「ビラ・サジャ」など、曲ごとに雰囲気をガラッと変え、十九歳の新人とは思えない幅広い歌唱力をみせつけた。
高音域が安定感に欠けるなど、荒削りな感は否めないが、ポップス界の次期ディーバ候補。父親もミュージシャンで、本人は元々ドラムをやっていたとのこと。アルバム制作には、メリー・グスラウやアンドラ(デワ)、デウィ・ブジャナなどが参加するなど、早くも大物ぶりをみせている。
◆「ディ・ラダン・ストロベリー」(イメル)
新人女性シンガーソングライターによる、アコースティックでポップなジャズナンバーがそろった好盤。二曲を除く全九曲で、イメル自身が演奏するピアニカが、温かなぬくもりを演出する。
イメルは、ベストセラーを記録した新進作家で、ポップス・グループ「リタ・シタ・デウィ」のデウィ・レスタリの姉。新しいムーブメントの発信地、バンドンから登場した期待のミュージシャンだ。
◆「チンタイラ・チンタ」(デワ)
「デワ19」時代から数え、通算六枚目のアルバム(ベスト版除く)。若者の恋愛をさわやかに歌い上げてファンを獲得した初期と比較し、年を重ねるごとに曲も詩も洗練され、国内ロック界における王者の風格さえ漂わせている。
前作からボーカルが代わったことで、ファン離れが懸念されたが、その危機を乗り切って、再びヒット曲の量産体制に入っている。
(1)「アルジュナ・ムンチャリ・チンタ」が、同名小説のパクリとして訴訟問題に発展したことでも話題を呼んだ。
ストリングスを巧みに挿入した(5)「ププス」など、デワの本領発揮と言えるバラードは健在。
ゆったりとしてメロディアスな曲の数々は、作曲家としても数々のトップ・アーティストに楽曲を提供するグループのリーダー、アフマッド・ダニ(キーボード)の本領発揮といったところか。
◆「07Des」(シーラ・オン7)
インドネシアに遊びに来た友人に、「何かインドネシアのCDを紹介してよ」と言われると、まず紹介するのがシーラ・オン7。
八〇年代あたりのブリティッシュ・ポップ・ロックに強く影響を受けたと思われる彼らの楽曲は、日本人にも抵抗感なく受け入れられる。どこか懐かしく切ないメロディーは、「インドネシアのスピッツ」という友人の弁も、頷ける。
通算三枚目となるアルバムは、大ヒットを記録した前作と比べると、全体的に曲が小振りの感も否めないが、アルバムとしてのレベルは高く、捨て曲はほとんどない。
ドラマ「シアパ・タクット・ジャトウ・チンタ」の主題歌としてお馴染みの(3)「スブラパ・パンタス」は、彼らの代表曲と言うべき名曲。バンド・リーダー、エロス(ギター)だけではなく、メンバー全員が曲を提供しており、アルバム全体に奥行きを持たせている。
◆「ティティック・チュラ」(ナイフ)
おかまのアルフィをビデオ・クリップに起用した「ポセッシフ」が大ブレイクしたナイフの三作目。カントリーやラウンジ、オペラ風のボーカルなど、いろいろな要素を組み合わせ、「ナイフの色合い」がうまく表現されている。
エルトン・ジョンを意識した(2)(タイトルもそのまま「エルトン・ジョン」)、軽快なビートにひたすら同じ歌詞が続く(6)、ダンディーな挿入部から一気にコメディー調に突入する(8)など、バンドの持ち味であるポップなユーモアは健在。自分たちも楽しみながら作った様子がうかがえる、遊び心が満載の一枚だ。
◆「パラドックス」(エレメント)
雑誌の元カバーボーイや現役のドラマ俳優七人が結成したバンドの二作目。その容姿が女性ファンを惹きつけているだけでなく、(1)はドラマに起用されたことでも話題となった。
スローでキャッチーなメロディーを中心とした曲が大半を占め、いかにも売れセンを狙ったような感もあるが、セルフプロデュースで力量も見せつけた。
ツインボーカルが特徴ながらも、正直なところ、アイドル・バンドの域を出ていない感もあり、今後の成長に期待。
◆「ンバ・ドゥクン」(アラム)
大晦日にはアンチョールで、ダンドゥットの王様、ロマ・イラマとの共演を決定した新人のデビューヒット。
メタル、ダンドゥット、ローカル色(スンダ)。若者の好みのツボを押さえ、圧倒的な人気を獲得、ダンドゥット・スターの座を射止めた、だみ声のシンデレラ・ボーイ。
ドゥクン(祈祷師)に「村長の娘を俺のものに」と頼み込むタイトル曲(2)、「シャブはうまいぜ(ドラッグのことじゃないけど)」と歌う(3)。若者に受けた理由は、日常の感覚をストレートに歌った歌詞にもありそう。歌唱力はともかく、新人発掘を怠ってきたダンドゥット業界に、活気を与えた功績は大きい。
◆「レカヤサ・チンタ」(カメリア・マリック)
昨年末のリリースだが、数少ない今年のダンドゥットのヒット曲の一つ。一九八〇年代中頃、日本で初めてダンドゥットのライブを行ったカメリアの久々のヒット。
人気のサルサを意識したこの曲は、ロマ・イラマの大先輩に当たるムラユ(マレー)音楽のミュージシャン、ムニフ・バハルアンが作曲。六〇年代当時、ラテンもムラユもイスラム音楽も、同時に消化吸収していたムニフならではのセンス。
◆「レバラン・ブルサマ」(イッケ・ヌルジャナ)
ダンドゥットのアイドル歌手イッケが、レバラン企画盤にダンドゥット初期の名曲を多数収録。こってりしたダンドゥットが苦手な人にもオススメできる。日本でもリリースされている「ソニー・ダンドゥット」レーベルだが、パンチのないチープなアレンジが目立つのが残念だ。
◆「コメディ・プタール」(オルケス・シンテン・レメン)
若者から見向きもされなくなったクロンチョンを蘇生させようと、ジョクジャカルタから飛び出した楽団のメジャー・デビューアルバム。
ブルース、カントリー、ロック、ジャワ歌謡など雑多な音楽を取り入れ、本来クロンチョンが持っていた下世話な部分を蘇らせた「眠くならないクロンチョン」。リーダーのジャドゥック・フェリアントが、「国民音楽」「愛国歌謡」の呪縛からクロンチョンを解き放とうとした貴重な試みだ。
カントリー歌手ジョン・デンバーの(4)はジャワ音階に変調し、七〇年代のヒット曲(3)はマナドのコリンタン(木琴)でアレンジ、グサンの名曲(8)「チャピン・グヌン」はカントリー調のフィドルで盛り立てる。
オリジナル曲は批判精神に裏打ちされた歌詞が目立つ。「あの公約はどこへいった」と政治家に詰め寄る(1)、ジャワの新興プリヤイ(成り上がり者)を皮肉った(5)、「レフォルマシ(改革)は服を着替えただけ」と小気味良い(9)。テレビで寸劇を披露する楽団ならではの楽しさ溢れるアルバムだ。
◆「クロンチョン・アスリ」(グサン)
今年八月から九月にかけ、スマランとジャカルタで録音されたクロンチョンの巨匠、グサンの最新作。豪華装丁のライナーノーツに、八十五歳を迎えたグサンが収録された曲名で韻をふんだ詩をつづり、「作品を作ることに(14)『パミタン』(お別れ)する」と、ラスト・レコーディングをほのめかしている。
(3)「瀬戸大橋」、(4)「万里の長城」で過去に訪れた名所を回想しながら、それでも故郷の(2)「ブンガワン・ソロ」、(5)「ボロブドゥール」が私の心にあると歌う。
往年の歌唱力はすでにないが、グサンと日本公演も行ったワルジナ、若手のスンダリ・スコチョら女性歌手が、大先輩を励ますように寄り添う。
◆「アヤム・ジャゴ」(リア&リオ)
ジャカルタ土着のブタウィ人の伝統音楽「ガンバン・クロモン」の最新アルバム。大衆演劇の挿入歌から発展したポップスで、日常的な話題をテーマにした男女の掛け合いに抱腹絶倒間違いなし。
本作では、ジャカルタ進出も顕著な西ジャワ・チルボンのポップス「タルリン」で、ヒット曲「マブック・バエ」も放ったリア・マウラナが大活躍。チャーミングなリアとリオ・ベニャミンのデュエットは、ブタウィだけでなく、国民的歌手として敬愛された故ベニャミンSとイダ・ロヤニの名コンビをほうふつさせる。ダンドゥット・アレンジに押され気味ではあるが、このジャンルでは数年ぶりの佳作だ。
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