インドネシアはいま、地方が元気だ。中央政府のタガが緩み、マルク諸島のような混乱が起きる一方で、恵まれた資源や自然を生かし、自立を目指す州や県の動きが活発になっている。バリ島から東へ千キロ、ティモール島の北にあるアロール県(東ヌサトゥンガラ州)も、伝統工芸のイカット(絣織り)や美しい海を売り出すことで、民力を高めようと模索している。アロール県の県都カラバイで四月末に開かれた「イカット・コンテスト」(アロール県工芸品エキスポ)に招かれたのを機会に、県の現状と将来に向けた動きを取材した。(じゃかるた新聞・上野太郎)
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完成したイカットを干す女性たち
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西ティモールのクパンからムルパティ航空の十八人乗りカーサ212で約一時間。丘陵が迫る海沿いのマリ空港に着陸すると、民族衣装を着た職員の出迎えを受けた。手織りのイカットを首に巻いてくれた県職員は「歓迎の印です」と笑顔で語った。
アロール県を構成する十五の島々の一つ、テルナテ島は、イカットの伝統技術を残す数少ない島だ。カラバイから、スピードボートに乗り継ぎ、約一時間かけて純正イカットの島にたどり着いた。
ヤシの木陰でさわやかな海風を受けながら、イカットを織り上げていく女性。強烈な日差しが、所狭しと軒先に干されたイカットの小豆色を鮮やかに照らし出していく。
透き通った海と手付かずのサンゴ礁に周囲を囲まれたテルナテ島には、手紡ぎの糸を、木の皮や根、果実から抽出した藍、茶、黄、緑などの天然染料に浸し、木製の機織り機で丹念に織り上げるイカットの伝統的手法が残っている。
電気も水道もないこの島では、海岸部はイスラム教徒、山間部はキリスト教徒の村と、住み分けがなされているが、イスラムは海の幸、キリスト教徒は山の幸を確保し、お互いに分け合って、宗教の違いによる摩擦はまったくない。
イカット作りが盛んなのは、島の海岸部。あどけなさが残る少女から老婆まで、イカット職人は女性たちだ。男たちが海に繰り出すのを横目に、女たちは朝から夕まで、イカット作りに精を出している。
モチーフはカメや魚、太陽、菱形や幾何学模様など。小豆色や藍色を主とした、素朴な色合いが特徴だ。
小学校を卒業して以来、イカット作りで生計を立てているジャミラシナさん(三〇)は、「朝から夕方まで織って、一カ月で三-四枚ほど。染色を含めた全工程では一枚に二カ月くらいかけます」と説明する。
テルナテ島にも、着実に近代化の波が押し寄せている。糸紡ぎ、染色に多大な労力をかけるイカット作りの原料は、化学染料を用いた工場の綿糸に取って替わられようとしている。
スンバやフローレスのイカットが世界的に有名になり、中部ジャワで大量生産された模造品が国内外に溢れている。近代化に抗して伝統技術を保存するため、同県の地方工芸品協議会は、島民から定期的にイカットを買い付けている。
草の根レベルのイカット振興に奔走するディナ・タカラペタ県知事夫人は「今後の課題は、流通先の確保や、イカットを活用した製品の開発です」と強調。まだまだ知名度の低いアロールのイカットを、島外にどう認知させていくかに頭を悩ませている。