環太平洋火山帯に位置するインドネシアは温泉の宝庫だ。ジャカルタから車で三時間のチダフから、山道をさらに三時間、西ジャワ州のサラック山(2,211メートル)にある温泉を目指し、「地獄谷」に湧き出る「極楽湯」を発見した。
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噴出するガスで包まれた河原。河原に温泉が湧いている
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チダフの登山口から熱帯林の中を歩くうちに、硫黄のにおいが強くなってくる。突然、森林が切れ、荒涼とした谷が視界に開けた。
ごろごろとした岩と流木が転がり、あちこちから噴出するガスで谷は白く煙っている。谷底には真っ白な川が曲がりくねって流れ、「地獄谷」と言いたくなる、すさまじい光景だ。
ごうごうと流れる白い川の水は澄み、冷蔵庫で冷やしたように冷たい。川底の岩に酸化硫黄が付着しているので、夕暮れには真っ白、昼はソーダ色に見える。
夕闇が迫る中、「温泉」を探すと、岩のあちこちに湧き出た湯がたまり、激しく沸騰していたり、「ゴボゴボ」「プクプク」と泡が上がっていた。乳白色の湯あり、真っ黒の湯あり。手を入れると、気持ち良さに全身の神経がほどける。お湯はなぜ人をこんなに幸せにするのだろう。
熱過ぎず、ぬる過ぎず、つかれる深さのある場所を探すのが難しい。ようやく、ちょうどいい湯加減の、やや白濁した湯だまりを見つけ、「地獄湯」と命名。服を着たまま、ずるずるっとつかる。
とっぷり日が暮れ、黒々とした山が周囲から迫り、近くでは「ゴオーッ」と音を立ててガスが噴出している。山の上方からも、もくもくガスが立ち上る。地底の熱が映えているのか、噴出口は夜空にほんのりと明るい。地獄のような風景の中、気分は極楽。
雲が晴れて、信じられない明るさの星々が夜空に広がった。中天にはこうこうと火星が輝く。地底からわき出るさまざまな音を聞いて湯に身をひたし、静かな星空を眺めていると、われわれの考えの及ばない力を持った大地、星空に、抱かれている気になる。
テントで一夜を過ごした翌日の夜明け前、また「地獄湯」へ。空気は冷たく、朝焼けの空にはうろこ雲が広がる。秋の露天風呂を楽しんでいる気分でいると、インドネシア人の登山客は寒中水泳のように冷たい川でマンディ(水浴)をしたり、岩に付着したレモン色の硫黄を顔に塗り、パックしている。
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硫黄を顔に真っ白に塗ったインドネシア人
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湯につかる日本人と、水浴して硫黄を塗るインドネシア人。お互い、不思議そうに、それとなく、じろじろ見合っている。
聞いてみると、インドネシアは暑いので、「涼しい」「冷たい」のが気持ちいいのだという。「なぜわざわざ湯につかって暑くなるの?」と思うらしい。硫黄を塗るのは美容のため。毛穴の汚れが取れて肌がすべすべになるのだという。
インドネシア人のやり方も体験し、二重に温泉を楽しむことにした。寒い山での冷水マンディはとても無理だが、硫黄を真っ白に塗りたくっているのを見て、まねしてみた。
「シューッ」と、やけどしそうに熱い炭酸ガスが噴き出す噴出口の近くに、硫黄が付着している。熱いので、素早く指でこそげ取って、顔に塗る。大量に取るのは難しい。塗ってすぐは熱く、それから冷えてスッとするのが気持ちいい。
ジャカルタの日系企業で働いているというインドネシア人が、アルミの箱に入った水色のゼリーをくれた。「なぜゼリー?」と聞くと、「冷たいので好き」。白い川の色に似て、さわやかなソーダの味がした。