タナトラジャの伝統家屋トンコナンに囲まれた中庭に、体長二メートルはある水牛が十二頭。それぞれトラジャ人の男性が手綱をしっかりと握り、「協議」が終わるのを静かに待っている。
約十分後、儀式の主催者である遺族の代表や村長らが、「協議」の結果選ばれた八頭の水牛を発表した。儀式に出席している村民ら約二百人の歓声がわく中、八頭の水牛と八人の男たちは大広場へ。観衆もこれに続く。
伝統家屋に囲まれた中庭で、儀式に用いる水牛を選ぶ遺族ら
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 | 短刀で水牛の首を切る瞬間。村人の興奮はピークに
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広場へ移動して間もなく、片隅で「ダフッ」という鈍い音がした。振り返ると、八頭のうちの一頭が、首の皮をだらしなく垂らし、そこから大量の血を吐きながら立っているのが目に入った。
状況を把握する間もなく、ほかの七人の男たちが水牛の頭を引き上げ、伸び切った喉元に向かって短刀を振り下ろした。瞬間、バケツをひっくり返したように赤黒い血が溢れ出る。
ある水牛は喉元をぱっくりと開きながら、文字通り目をむき鬼の形相で暴れ狂う。村人の興奮はピークに達し、血のりが付いた短刀を振りかざしながら男たちが奇声を上げる。
八頭の水牛の死亡が確認されると、村人は手早く水牛の解体作業に取り掛かり、約一時間後には、皮や腸、ばら肉に選り分けられてしまった。
■3年越しの葬儀
マカッサル郊外のダヤ・バスターミナルから長距離バスで八時間。マカッサル海峡沿いの道を北進した後、山間部に入り、南スラウェシ州タナトラジャ県ランテパオ市に到着したのは日没後だった。
翌朝、投宿先の従業員の「近親者」の葬儀に出席することになり、ランテパオ市からオートバイで約十五分のカノンドンガン村で見たのが、二〇〇一年二月に亡くなったクリスティナ・サランガさん(当時六十五歳)の葬儀の一場面だった。
村によって、葬儀の形態は微妙に異なるとのことだが、水牛の「首切り」は「アロ・パントゥヌ」と呼ばれる葬儀三日目に当たる行事。より高価な水牛が多ければ多いほど、死者を丁重に弔うことができるとされ、遺族らはこの日のために約三年間、親族一同で葬儀の資金を集めた。残った水牛は地元の教会に寄贈されるという。
村の慣習(アダット)を司るジョン・ランデさん(五〇)は「盛大な葬儀を終え、死者は初めてプヤ(死後の世界)へ向かい旅立つことができる。葬儀はトラジャ族にとっての誇り」と語った。
トラジャ族にとって、死は終わりではなく、長い「旅」への始まりなのだ。