生物の大命題が、自己保存と種族繁栄であるのは、どんな生物でも同じことであるが、褐色藻クンに超高級マンションを提供してエネルギーを供給してもらっているサンゴ君、光を求めて平和そうに見える中、壮絶なる戦いを繰り広げているのである。
■サンゴの天敵
いまや、サンゴに限らず、自然界の生物にとって最大の天敵は人間様なのであるが、それはちょっとおいておく。
人間を除いたサンゴの天敵として最も良く知られているのはオニヒトデであり、沖縄辺りで何度か、オニヒトデの異常大量発生によるサンゴの被害が報じられている。でも、オニヒトデはサンゴ社会に殴りこみをかけるインベーダーであり、このお話はまたの機会に譲り、ここでは内輪の争いについて書いてみる。元来、内輪の争いが一番陰湿でいやらしいのは人間社会とまったく同じ。
動物は、食物を獲るために移動しなければならない。これに対し、植物は、光合成という手段を得たことで、動物のように移動する必要性がなくなったわけだが、サンゴは褐色藻クンのおかげで、移動する必要がない半植物化したわけだ。
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一見のどかで平和そのもののサンゴ礁の風景だが、過酷な生存競争があるのだ!
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こうなると、あとは種族繁栄のため、サンゴは光を求めて、水平、垂直両方向に立体的に成長していくだけだ。サンゴ礁の中の限定された三次元世界はサンゴで埋め尽くされていくことになる。この過程で、別のサンゴと遭遇すると、どうなるのであろうか?
サンゴにも、たくさんの種類があり、枝状サンゴは一般に、塊状サンゴよりも成長が早い。枝状サンゴは上方に枝を張っていくのであるから、近接して塊状サンゴがあると、塊状サンゴは上方を枝状サンゴで覆われてしまい、光が届かなくなりそうだ。
■塊状サンゴの特殊武装
ところが、実際に海に潜ってみても、そんな風景には、とんと、お目にかかれない。真相は、塊状サンゴ君が必死の反撃を試みるからである。
サンゴは元々、動物性プランクトンを食べるため、これを捕らえるために刺胞の付いた触手を持つ。この触手が、敵性サンゴが近接すると、特別攻撃隊用武装のスウィーパー触手と呼ばれるものに大変身する。これは、さすがに特殊武装だけあり、一般の触手が5ミリ前後なのに比べて10センチ以上もあり、装備されている刺胞も、エクゾセミサイル級に強力極まりないもので、接近してきた敵性サンゴを殺してしまうのだ。
敵性サンゴと書いたが、サンゴにとっては、種類の違うサンゴはともかく、同種類のサンゴであっても、群体が異なるサンゴは敵性なのである。部落が異なれば闘争に明け暮れていたらしい人間の原始生活と同様に、サンゴもどういう仕組みなのか、近接してきたサンゴが同じ群体から発生してきたものか否かを判定でき、同じ群体出身だと融合してしまうのである。
一般に、成長の遅い種類の方が強力であり、成長の早い方が弱い。これは自然の大原則の一つで、成長の早い方が強ければ、全部この種類になってしまっていたであろう。
というわけで、塊状サンゴの代表選手の「キクメイシ」を枝状サンゴの代表選手の「ミドリイシ」がぐるっと取り囲んでいるが、キクメイシの上方空間はきれいに空いている、という風景に出会えるのである。
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白化現象が起きているサンゴ。各種サンゴが場所取り合戦をしているのが良く分かる
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サンゴが戦っている相手は同属のサンゴだけではなく、親せき筋に当たるソフト・コーラルとも熾烈な争いを行っている。
■ソフト・コーラル軍団
ソフト・コーラルと呼ばれるのは、サンゴのように硬い石灰質の構造物を造らないからであるが、こちらも褐色藻のお世話になっているのは同じである。硬い骨格を造らない代わりに、石灰質の小さな骨片を体内にたくさん持っており、しなやかなれど強度もある状態を作り出している。
鉄筋コンクリート高層コンドミニアムと木造モルタル二階建てアパートで同数のユニットを建設しようとしたら、木造モルタルの方が当然早い。ソフト・コーラルの方がサンゴよりも成長が早いのである。
となると、サンゴ特別攻撃隊が要撃体制に入るわけであるが、なんと困ったことに、肝心のエクゾセミサイルがこのソフト・コーラル軍団にはあまり有効ではないらしいのである。
有効な武器を持たないので、とにかく負けまくるわけであるが、ソフト・コーラル軍団にも泣き所がある。それは、いくら骨片を体内に持って、しなやかで強力なボディーを持っていても、しょせん軽装備。石灰質で体を固めた重装備のサンゴ軍団のようには、波の力に耐えられないのだ。
その結果、波の影響の少ない特等席はソフト・コーラルで占められ、比較的波の影響のある二等地にサンゴは追いやられるのである。台風などで海が荒れると、神風ならぬ神潮となってソフト・コーラル軍団は蹴散らかされ、塊状の超重装備サンゴ部隊だけが生き残ったりするのである。
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つづく)