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2002年3月20日 じゃかるた新聞掲載

マルク報告(2)廃墟の中から
小松邦康
(旅行作家)
長引くローソク生活 共に働く職場欲しい
 私のアンボンへの旅は一年三カ月ぶりだ。空港で外国人は国内線なのにイミグレーションと警察に届けなければいけなくなっていた。こんなことは初めてだ。簡単な検査だったが、なぜだと聞くと、非常事態宣言が継続されているので、NGOで働く外国人も含めチェックしているという。

■外国人監視する軍

 マルクの紛争は国内のキリスト教徒とイスラム教徒の争いなのに、インドネシア人がノーチェツクというのはおかしい。外国人を監視するスハルト時代からの悪習がまだ続いている。
 今回私はキリスト教地区のホテルに泊まった。チェックインしてすぐ、私は知人のメイさんを訪ねた。
近況を話すキリスト教徒のメイさんとその息子
近況を話すキリスト教徒のメイさんとその息子
 メイさんはいつものように温かく迎えてくれ、冷たいオレンジジュースを出してくれた。暑いアンボンで氷入りのジュースが飲める。しかし冷蔵庫で氷ができるのは一日ごとだ。暴動で発電所が焼かれ、供給量が足りないので、アンボンのほぼ全域が一日ごとに停電になるからだ。
 冷蔵庫に限らず電気製品はすぐ故障する。自家発電ができる施設を除き、灯油やローソクでの住民の不自由な生活は三年以上続いている。事務所も停電で冷房やコンピューターが使えなければ仕事にならない。
 冷たいジュースを飲みながら、メイさんの話を聞いた。

■2勢力が抱き合う

 メイさんも抗争前はイスラム教徒と一緒に役所で働いていた。しかし今はキリスト教地区とイスラム教地区に別れて仕事をしている。それが今日(三月一日)、州庁舎前でイスラム教徒の仲間と対面する催しがあった。
 抱き合って再会を喜ぶ者、家が焼かれ、いまだに避難所暮らしを強いられているなどと、お互いの苦労話をして涙ぐむ人もいた。
 もう友人と別れて住むのはいやだ、早く以前のような平和なアンボンに戻ってほしいという気持ちでいっぱいになったという。

■イスラム地区で買い物

 その後、イスラム教徒の友人に連れられ、歩いて十分のイスラム教地区にあるショッピングセンター、アンボンプラザに行った。三年ぶりだった。
アンボンの重要な食糧・サゴヤシのお菓子を売る女性たち
アンボンの重要な食糧・サゴヤシのお菓子を売る女性たち
 イスラム教徒のいるアンボンプラザでまた買い物ができるなんて、昨日まで思ってもみなかった。でも安全に買い物ができた。
 破壊された商店街や焼け跡も初めて自分の目で見た。イスラム教地区であろうと、自分が生まれ育った町が、めちゃくちゃになっているのが、とてもショックだった。
 マリノ合意があって、今日のような対面もあったが、今後どうなるかはわからない。あまりにも多くの人が殺され、多くのものが壊された。元のようになるには時間とお金がかかる。
 信者の寄付で破壊されたキリスト教会の再建は進んでいるが、民家はほとんど自分で費用を出して建て直さなければならない。
 メイさんにとって気がかりなのは、娘のシルフィさんのことだ。アンボンの踊りが好きで、子どものころからけいこに通っていたシルフィさんは、選ばれて日本公演にも行った。高校を卒業し、就職した会社が騒乱後規模を縮小し、シルフィさんは北スラウェシのマナドにある本社勤務になった。

■一緒に働けるか?

 アンボンには職を失った人が多く、職場が足りない。生きるために市場や売店の店番では将来がない。仕方なく家族が別れて暮らすことを選択した。一番好きな踊りも続けられなくなった。 
 アンボン−マナド間の直行の飛行機は週一便に減らされた。ときどき電話で話すし、去年のクリスマスには二年半ぶりにアンボンに帰ってきて再会できた。メイさんは娘が再びアンボンで働け、家族で一緒に暮らせることを願っている。
 和平の機運は高まっているが、アンボンに職場が増え、異教徒が一緒に働け、住民が安心して生活できる環境に戻る日はいつのことだろうか。




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