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2003年12月5日 じゃかるた新聞掲載

マルクは今(6)
小松邦康
(旅行作家)
「中立」日本も援助を
 平和な雰囲気が格段に戻ったアンボンだが、物価が高騰している。
 ジャワなどから運ばれて来る生活物資は紛争時でも豊富にあった。しかし分断された町で、国軍や警察など治安部隊が警備費や通行料の名目で手数料を徴収していた。そのためマルク諸島の物価はインドネシア一高いと言われていた。
 「米も野菜も肉も魚も何でも上がってしまった。今は建築ラッシュで建設資材が上昇した」と、友人の主婦は愚痴をこぼした。
 「丁子(チェンケ)の価格が暴落したのが大打撃だ。収入の少ない身にはろくな買い物ができない。ベチャやミニバスの料金も紛争前の三倍だ」と、別の友人がぼやいた。丁子はマルクを代表する香料でジャワに運ばれ煙草に混ぜられる。市場で聞いてみると昨年の半値以下だった。
 庶民の「重大関心事」をぶつけたく、マルク州のララハル知事に会った。
 しかし知事は私の質問には答えず、「治安が回復したマルクに一人でも多くの日本人に戻って来てほしい。ビジネスマンも観光客も」と言った。
 「アンボンの空港から町まで(約三十五キロ)車に乗ると十五万ルピアもかかる。こんなに高いのはどうしてですか」と聞いても答えず、「州政府は復興援助として各世帯に木材やセメントを配っている。運休していた連絡船や路線バスが復活した」と自慢げに語った。
 知事との話を友人に伝えると、「確かに九月に国軍出身の新知事に代わって、治安は良くなっている。でも知事も市長も落ち目の闘争民主党に支えられている。来年の総選挙で負けたら、またどうなるか分からない」と、不安を漏らした。
 ホテルで二人の日本人に会った。お互い「珍しいですね」と驚いた。
 その一人、鈴木直二さんはエビ漁三十年のベテランだ。東南マルクのアラフラ海で二カ月エビを捕り、輸出や給油などのため二日かけアンボンに戻る。それが紛争中は四日かかるスラウェシ島のクンダリまで行かなければならなかった。今回は治安が回復したアンボンに視察に来たという。
 外国人渡航禁止令が解除されたのでホテルには、ほかにも韓国、タイ、シンガポールなどのビジネスマンが泊まっていた。町には国連や外国のNGOの車が旗を立てて走っていた。
「外国人の活動が再開した」と語る国連人権委員会のバダさん
「外国人の活動が再開した」と語る国連人権委員会のバダさん
 国連人道関係調整事務所(OCHA)マルク駐在のアンソニー・バダさんを訪ね話を聞いた。スーダン人のバダさんは州政府から特別な許可を得て、一年前からアンボンに駐在している。その間、北マルク州まで足を伸ばし視察を重ねた。
 今年九月に国連の機関や外国のNGOが戻ってきて、まだ十九万人といわれる国内避難民の支援を再開した。失業者が多く、物価が上昇しているので社会不安はある。早く内外の投資を入れ、働き口を増やさなければならないという。
 「聖戦部隊」の残党はまだいる。役立たずだった国軍兵士もたくさん残っている。中央政府や国際社会の関心が低いのも問題だ。東ティモール支援をしている日本政府やNGOの日本人が、一人もマルクに来ないのも不思議だという。
 日本政府はこれまで「危険地帯」マルクの援助を凍結していた。しかし「大変」だからこそ人道支援が必要なはずだ。
 治安が回復したので早急に危険度を下げたい。そうすれば、外務省職員も現地に行けるという(マカッサル総領事館)。
 しかし州政府から住民までマルクの人たちとのパイプがない現状では、独自の復興支援策はなく、援助の要請もないので動けないという(ジャカルタ日本大使館関係者)。
 一方、NGOは十月中旬、米国のNGOの招待でアンボンを視察したが、現在は支援の計画はないという(ピース・ウィンズ・ジャパン・ジャカルタ事務所)。
 私の経験からも、宗教抗争で対立したキリスト教徒とイスラム教徒双方から日本人は中立と見られ、受け入れられやすい立場にある。しかし他国に遅れをとっていることはとても残念だ。
 メディアが「忘れ去られようとしているマルク」のことを「イラク」や「北朝鮮」の十分の一でも報道し日本での関心が高まれば、NGOの活動資金も集まるだろう。しかしそれは難しいことかもしれない。
 日本の援助が再開されることに期待している。だがこれまではそれが政治家や役人の所で止まって、困っている住民に行き届かなかった。「現地での使われ方をチェックする日本人が一人くらいいてもいい」と、アンボンのラジオ局記者パイさんは私に言った。
 アンボンからは飛行機でジャカルタに戻ることにした。半年前、立派な空港ビルが完成していた。でもこんなことでいいのだろうか。まだ復興の第一歩を踏み出したばかりだ。分断が続き、生活に苦しむ住民がほとんどなのに、もっと優先すべきことが山ほどあるはずだ。

(おわり)


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>> 2002年の連載 マルク報告−戦乱から和平へ




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