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2003年12月1日 じゃかるた新聞掲載

マルクは今(2)
小松邦康
(旅行作家)
島を往復する行商人 寄港地で
 北マルクのテルナテへ向かう大型客船シナブン号は、ジャカルタ北部のタンジュンプリオク港で出港を待っていた。
 タクシーを降りるとポーターが群がり、船まで連れて行くという「自称案内業者」や飲み物やお菓子などの売り子に囲まれた。午後五時なのに夕刊でなく、朝刊や買いたくもない古い雑誌を売っている様子は昔のインドネシアと変わっていない。
 しかしいつもは乗客と荷物でごった返しているはずの岸壁が閑散としていた。船内もひっそりとしていた。必ず見かけた外国人のバックパッカーもいなかった。
 ラマダン(断食月)に入ったばかりなので、まだ乗客は少ないのかもしれない。しかし価格競争で飛行機の運賃が下がり、寄港地によっては一等や二等など個室では船の方が高くなってしまった。そんな影響も出ているのだろう。
シナブン号の船内で商品を広げ商売するアニさん
シナブン号の船内で商品を広げ商売するアニさん
 だが相部屋のエコノミークラスに行ってみると、ベッドはほとんど埋まっていた。そのベッドにござを広げ、靴、かばん、傘、Tシャツ、人形、金魚鉢、リンゴなどさまざまな商品を並べて売っているアニさん(二八)という女性がいた。
 アニさんは商品をジャカルタで仕入れシナブン号に乗り込み、パプア州のジャヤプラまで二週間かけ往復する。船内では仕入れ値の二倍くらいで売れる。船旅では食べることと寝ること以外にすることがないから、暇つぶしに買い物をしてくれる客が多い。百万ルピアの運賃を払っても十分もうけがあると言って、札束を見せてくれた。
 縄張りがあるのでシナブン号しか乗らないから、月にジャカルタ ージャヤプラ間を二往復する。地方に行くほどジャカルタのものは手に入りにくく、値段も高い。インドネシア人の高い購買力に支えられてこの商売を八年間続けている。船には十人くらい同じ商売をしている仲間がいるという。そしてアニさんから預かった商品を船内で売り歩く男たちもいた。さすがインドネシア、すごい商売があるのものだ。
 紛争時テルナテに行くのは怖くなかったか、とアニさんに聞いてみた。
 この船にもテルナテに向かう武装した「聖戦部隊」が乗ってきた。最初は怖かったが、自分もイスラム教徒だし、彼らも船内では暇を持て余していて、商品を買ってくれたので慣れてしまった。彼らより嫌なのは、威張り散らし、ただで商品を持っていく国軍兵士だという。
シナブン号には通路まで段ボール箱に入った鶏が積まれた
シナブン号には通路まで段ボール箱に入った鶏が積まれた
 ジャカルタを出て十二時間後の翌朝早く、中部ジャワのスマランに入港した。港の前には船の到着に合わせ市場が開いていた。アニさんはそこでも安い衣類を仕入れた。
 シンガポールからの貨物船が、鶏の餌に使うとうもろこしの粉を荷降ろししていた。作業をしている人に聞いてもどこの国から運んできたか分からなかったが、いつからインドネシアはそんなものまで輸入するようになってしまったのだろう。
 船内の食事はまずくはないが、うまくもない。翌日マカッサルに着くと港近くの中華街に雲呑麺(ワンタンメン)を食べに行った。麺の上に乗った豚肉とスープがおいしく、生き返った。チョトマカッサル(臓物のスープ)などほかの名物料理も食べたかったが、マルクからの帰りに取っておくことにした。
 翌朝、東南スラウェシの港町バウバウに接岸した。雨が強く降っていたのに岸壁には大勢の人が集まっていた。港町は船の出入りが生活を左右する。大型客船が入港する日は書き入れ時だ。たくさんの物売りがシナブン号に乗り込んできて、出港ぎりぎりまで商売を続けていた。
 そして離島に向かう連絡船もシナブン号から降りてくる客を待ち構えていた。そばで丸木舟に乗った少年らが魚を追っていた。

つづく


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