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2002年5月31日 じゃかるた新聞掲載

アロール島探訪(4)
 海を渡ってきた銅鼓 今も生活に溶け込む
 アロール島は、紀元前三世紀ごろから青銅器文化として北ベトナムで栄えたドンソン文化に起源を持つ「モコ」と呼ばれる鼓(つづみ)型の銅鼓が数多く出土されたことでも知られている。
 インドネシアでは、スマトラからイリアンジャヤまで、モコが存在した記録が残っているが、今日に至るまで、人々の生活や文化の道具として伝えられているという点では、アロール島が唯一の地。
 アロール島より東の地域には、モコの分布が発見されていないことから、アロール島はドンソン文化が伝わった東端であると考えられている。
伝統村のタクパラで村の集まりのために置かれたモコ
伝統村のタクパラで村の集まりのために置かれたモコ
 アロール島を中心に、モコは県全域に行き渡った。社会的ステータスのシンボル、婿から嫁への結納品、村の儀式や結婚式の際には、本来の機能である楽器として、時には貨幣の代わりとしても使われてきた。
 二十世紀初頭には、東部ジャワのグレシックなどで模造品が大量に生産され、アロールに集まってきた。
 その量があまりにも多く、通貨製造の銅が不足したため、当時の統治国であるオランダがアロールへのモコの流通を禁止、銅を回収するため、モコの現物で税金を納めさせたという逸話もあるほどだ。
 モコの価値は、大きさや形、飾りなどで評価されるが、村によって基準が異なる。ある村で高い価値をつけられたモコが、ほかの村では非常に低い評価を受けるという現象も頻繁に起こっていたという。
 近代に入り、外国人の目に留まり、島外への流出が深刻化したが、一九九二年、重要文化財として法律で保護されることが定められた。
 県政府は現在、博物館の建設を計画している。県でも有数の骨董品コレクターとして、十三個のモコを保存している文房具商のトビンさんのコレクションをはじめ、いまだに大量のモコが島内に残っている。アンス・タカラペタ県知事は「世界最大のモコ博物館を作りたい」と意気込んでいる。
 遥か古代に、北ベトナムからマレー半島を南下、スマトラ、ジャワ島を伝い、そして、アロール島に渡ってきた青銅楽器のモコ。
 いつの時代に、なぜ、どんなルートで東インドネシアのアロール島までたどり着いたのか。まだ、そのナゾは解明されていない。

つづく


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